KUROMIMIには本が足りない。

KUROMIMIには本が足りない。

活字がないとダメ系ヲタク。小説・音楽・詩・ときどき映画。自作の小説も書いてます。

「言えないから」小説を描く。

 

以前私はこんな記事を書いた。

 

kuromimi.hatenablog.com

 

 

kuromimi.hatenablog.com

 

 

 

 この二つのテーマは自作の小説でもよく扱うものだ。

 でも、こんな記事を書けるならわざわざ小説書く必要なくない?と思う人もいると思う。

 では、なぜ私は小説を描くのだろう?

 単に小説を描きたいから?何度でも表現したいテーマだから?もちろんそれもある。しかし、それでは不十分だ。

 わたしは「うまく言えないから」小説を描くのだ。

 前述した記事で、わたしは一応他人に分かるようにテーマについてひとしきり語った。でも、全然満足できなかった。

なぜなら語る過程で致命的に抜け落ちてしまった部分がある、と記事を書いている最中から感じていたから。大切なニュアンスのようなもの。本当に伝えたかった核の部分が損なわれてしまったのだ。

 

 こんな経験は一度や二度のことではない。人生上で幾度となくあった。言葉を尽してもどれだけ力を込めても伝わらない。そんな虚しさを何度も繰り返し味わってきた。

 そして、そんな虚しさからわたしを解放する唯一の手段が「小説を描くこと」だったのだ。

 小説では伝えたいことを、例えば人物の性格に託す。例えば人物の考え方としてこめる。例えば場面や状況を使って表現する。

 

 そうして小説を一つ書き上げた時、わたしはやっと満足することができる。

  「ああ、やっと全部言えた」と。

 小説を描くということは、テーマを常に何かに託して表現するということだ。ストレートに伝えようとすると変質してしまう何か。それは他のものに託されることによって、ようやくそのままの形で伝えることができるようになる。

 

 口に出して伝えられないことは山ほどある。

 わたしにとって、小説を描くことはうまく伝わらないそれらを、口に出す以外であますことなく伝える、ということなのだ。

 

 わたしはこれからも小説を描き続けるだろう。わたしの中に「言えないこと」がある限り。

 

なぜ皆さんは小説を描くのだろう?是非尋ねてみたいと思う。