KUROMIMIには本が足りない。

KUROMIMIには本が足りない。

活字がないとダメ系ヲタク。小説・音楽・詩・ときどき映画。自作の小説も書いてます。

小説・海のなか(13)

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前話はこちら。

 

 

kuromimi.hatenablog.com

 

 

「で?なんかあったわけ。じゃなきゃここにおれを呼んだりしねぇだろ」

 一馬は海風に目を細めながら言った。その横顔を心底にくいと思う。ただ自分に会いたくなったから、とは考えないんだろうか。

 もう、あたしは理由がないと一馬と会えない。昔は違ったのに。いつもいつも呼び出すのはあたしからだ。だからあたしはいつも不安になる。一馬から会いたいと言われたことは一度もない。一馬は会いたくもないのに付き合うようなお人好しじゃないとわかっている。それでも馬鹿馬鹿しいと思いながら考えてしまう。

 本当にあたしは必要とされているのか、って。

 一馬にいつか「会いたい」と言わせたい。

 こんな思いも、傲慢だろうか。

 心の片隅で一馬を見るたび密かに思うことがある。一馬の中であたしがいつでも一番であって欲しい。そんな幼稚な思い。これをひた隠さなければならない。一馬にだけには隠し通さなければ。脆い関係はあっという間に変質してしまうから。そうしたらきっと友達でさえなくなる。あたしたちは一度失敗した。次はきっと、ない。

 そんな危うさを一馬と別れたあの日からずっと味わっていた。

「…そーいえば、サヤと今度の文化祭でウェイトレスやることになった。衣装は金ないから布だけ買って家政科の子に縫ってもらおーと思って」

「似合いそうだな、ウェイトレス」

 一馬の声がわずかに笑みを含む。

「でしょ?あたしもそう思った」

 一馬の方をなぜか見れないまま、半ば上の空で茶化して言った。言いながら、何かに急かされるような落ち着かなさを味わっていた。自分が言葉と共に吐き出した笑い声の空々しさがたまらなく嫌だった。

 「サヤって高校で新しく出来たっていうトモダチ?」

「面白いんだよねぇ。あの子」

 「話だけ聞いてると、ちょっと珍しいタイプだよな。いっつも愛花がつるむタイプと大分違う感じで」

 「そう?」

 「そうだよ。いっつもつるむのってもっと派手めだったり…なんかそういう女子だろ。サヤって優等生みたいじゃん」

 「ふうん、女子のことなんか見てたんだ」

 スルッと自分の口から出て行った言葉にドキリとする。なぜ、こんなことを。

 「そりゃ、見てりゃわかるさ」

 あたしの内心を知ってか知らずか一馬は眉さえ動かさない。少しは乱れればいいのに。

 「ま、そうかもね。新鮮っていうか。かっこいいんだ。ほんとにさ」

それからしばらく、何故か沈黙が訪れた。一馬が何も言わないのに焦れたあたしは軽く奴の肩を叩いた。

 「ちょっと、なんか言ったら?」

 「ああ…悪い。驚いてて」

 一馬は珍しく間の抜けた表情をしている。いつもの鉄面皮が嘘みたいだ。

 「は?意味わかんない」

 「あのさぁ、多分羨ましいと思ってるんだろ?その、サヤのこと」

 「え」

 思わず声が出る。私が羨ましいと思う?誰かのことを?

 「そうなの?」

 「いや、自分のことだろ。俺に訊くなよ。少なくとも俺にはそう見えたって話」

 「羨ましい、ねえ…」

 そうなんだろうか。この感覚が。

 「ま、いい傾向なんじゃねぇの?愛花って他人に興味ないもんな。それに友達多いけど自分からはあんまり作らねーじゃん」

 そんなことない、と言おうとして咄嗟に反論できなかった。たしかに、そうかもしれない。でもほかに二つの例外があることにも同時に気がつかないわけにはいかなかった。

 「何よその言い草。保護者みたい」

 「なんだよ、ありのままを言っただけだろ」

 そう言うと、一馬はパンツに付いた砂を払って立ち上がった。

 「そろそろ帰るわ。朝練あるしな」

 「早寝とかますますじじくさい」

 「言ってろ、馬鹿」

 まだ立ち上がらないまま、あたしはただあいつの背中を見送る。こうして去るのもいつも一馬からだ。

 「ねえ、一馬」

 呼び掛けた一瞬、気がつかなければいいのにと思う。きっと次の一言で何もかもが変わる。そんな予感が胸をついた。一馬が振り向く動作がスローモーションのようにゆっくりとコマ送りされて見えた。

 「あたし好きな人ができたみたい」

 「なんで、俺に言うわけ?」

 いつもと違う呆れたような、嘆くような響きがその声には含まれている。その口は薄く笑いを浮かべていた。一馬が嘲るような笑いを浮かべるのをあたしは見たことがなかった。

 「そりゃー、ほら。保護者には報告しなきゃじゃん?」

 「誰だよ」

 一馬の声ははっきり聞こえた。あたしの茶化した声が散り散りになるほど重く鋭い。こんな時に限ってあいつは無表情だった。

やっぱり嫌いだ。こんな奴。

 「陵」

 あたしが告げるのを待って、一馬はまた歩き出した。もう振り返らない。手さえ振らない。

 本当はまだ続きがあったのに。あいつは待たなかった。仮に待っていたら、あたしは続きを言っていたのだろうか?

いや。どちらにしてもこの続きは言えない。言えばこの関係は破綻してしまう。どちらにせよ、必ずやってくる終わりを少し先延ばしにしているだけなのだ。このまま緩やかに壊れて行くくらいなら、せめて自分の手で壊す。そうでもしなければ、抜け出せなかった。その程度にはこの関係を心地よく感じていたから。

あいつが答えを知ることはない。

知るときは本当に終わる時だ。

あたしは黒い水にやるせなさを沈めていくように、組んだ腕に顔を埋めた。

 


※※※

 

 

第五章おわり。

海のなか(14)へつづく。