KUROMIMIには本が足りない。

KUROMIMIには本が足りない。

活字がないとダメ系ヲタク。小説・音楽・詩・ときどき映画。自作の小説も書いてます。

小説・海のなか(15)

 

 

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もう十月だと言うのに、体育館には熱気が充満していた。息苦しさにもがくように汗を拭う。壇上では生徒会長の佐々木が挨拶をしていた。ようやく今日がはじまる。準備作業の大変さを思うとそこから解放されることも相まって自然気持ちが高まった。

 佐々木はと言うと、何度も練習してきました。と言わんばかりの堂々たる顔つきで開会の挨拶をしていた。会場には名調子が響き渡り、一部の女子は熱心に耳を傾けている。本当はほんの10分ほど前に書き上げた原稿を読んでいるくせに。あいつは今日まで一文すら考えていなかった。ギリギリまで放置しておけるあの神経の太さは異常だと思う。しかも途中からは俺が作ったカンペを、無視して読んでいた。どうやったらあんな芸当ができるのか、皆目わからない。

 昨日までひたすら佐々木の尻拭いをしていた身としては、苦々しく思うのが自然なのだろう。けれどなぜだか、ちっともそんな気がしない。あいつはいい加減で迷惑な奴だけど、会長にしか出来ないことは絶対にやってくれるから。それに、あの抜き身さと奔放さにひっそりと憧れてしまう自分もいる。俺はああはなれない。あいつの持つ何もかもが、俺には持ち得ないものだ。

 きっと沙也がこんな俺の思いを知ったら、一言「いくじなし」と罵られてしまうのだろうけれど。それが俺なのだから仕方がない、とも思う。それに、「要領のいい奴を嫌う自分」を俺はどうしても好きになれない。周りだってそう言う振る舞いを俺に求めてるんじゃないか?

 よく「いい人」だと言われる。けど、俺自身は自分が「いい人」かどうかわからない。ただ周りに望まれるように行動してきただけだから。そこに俺の意思はない。いつもどこかでこの空虚さを埋められたらと願う。もうずっと前から。でも「何か」はいつまでも見つからない。穴は空いたまま。今までも、そしてきっとこれからも。俺は俺を知らないまま、生きていく。

 気がつくと、視線は自分のクラスのあたりを漂っていた。無意識に夕凪を探してしまう自分に少し驚く。彼女は最近学校を休みがちだった。その傾向は海で溺れたあの日からずっと続いている。だから気になるのだ、と言い切れないものが腹の中で渦巻いている。嵐の日に見た彼女の姿が焼き付いて離れないからだろうか。それとももっと前に?そんな風に辿っていくと原因はいくらでもありそうで、結論を出すことは容易ではなかった。

 夕凪はすぐに見つけられた。列の半ばで体育座りをして俯いている。色素の薄い長い髪の毛が帷のように垂れ下がり、ここからでは表情を読めない。もしかしたら眠っているのかもしれない。ともかく、今日は休まずに来れたようだ。自然、ほっと息が漏れた。一方でそんな些細なことで胸を撫で下ろしている自分にも違和感を覚えてしまう。

 夕凪。あの幼なじみに対してだけ、どうしてもうまくやれない。「いい人」でいられない。彼女が俺に何も望まないから。だから俺は俺の形がわからなくなる。今まで幼なじみの欲求がこちらに向くことはなかった。彼女と出会った幼い時からずっと。つい最近まで、夕凪には欲望が欠けていると思っていた。しかし、それは否定されてしまった。あの嵐の日に。

 俺はきっと知りたいのだろう。彼女の望むものはなんなのか。彼女の欲望の行く末を。俺もまた自分の欲望に振り回されているのだ。これは果たして好奇心と呼ぶべきものなんだろうか。

 夕凪を盗み見ていると、不意に痛みを感じた。隣に立つ沙也が肘で突いている。

 「副会長!早く!はやく!!」

 いつのまにか挨拶は終わっている。壇上では生徒会長が俺を待っていた。この学校では伝統的に会長と副会長が一緒に開会宣言をする慣わしだ。

階段を上がっていくと、佐々木がそっと耳打ちした。

 「おいおい〜珍しいじゃん?りょーちゃんがぼっとしてるなんてさ。しっかりしてくれよ〜?副会長。頼りにしてるんだから」

「お前はもう少し働け」

 佐々木がむかつく仕草で肩をすくめると、被せるように司会の声がした。

 「次は、会長・副会長による開会宣言です。よろしくお願いします」

 視線を下に下げると、沙也が睨んでいる。「さっさとして」と唇が動く。

 わかってるよ。まったく。

 「それでは、令和○年度 文化祭の開催をここに宣言します!」

 ハウリングとともに宣言が響いた。

さあ。今日が始まる。面倒な一日が。

 


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海のなか(16)へつづく

 

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