この間、ある人に
あなたは本が好きなの。
と問われた。
その時、出てくるはずの「はい」は出てこなかった。言葉が口を離れる瞬間、これは違うと気が付いてしまったから。
「好き」では決定的な何かが足りない。
わたしは結局
「そんなこと、考えたこともなありませんでした」
そんなふうに答えていた。でもこれが一番正しい。少なくとも実感に沿っている。
わたしにとって本は読書は文字を追うことはどうやら「好きなこと」ではないらしい。
あえて言うなら、
「わたしと切り離せないもの」
だろうか。
読書することや文章で表現することに対して抱く感情は、多分家族に抱くそれと似ている。
複雑怪奇で他人には理解しがたく、面倒だ。
まるでわたし自身のように。
わたしはわたしを一言で説明することなどできない。しようとも思わない。
本を読み味わうこと、文字の群れを弄ぶこと。
それらはもう立派にわたしの一部なのだ。
「好き」の一言では溢れ落ちてしまう核心に手を触れるためにわたしは本を、表現することをここまで愛するのかもしれない。
あの時 好きと言ってしまわなくて よかった。
世界の奥行きを言葉で識る。
この世の複雑さが わたしを救ってくれる。
それが今ならよく分かる。