KUROMIMIには本が足りない。

KUROMIMIには本が足りない。

活字がないとダメ系ヲタク。小説・音楽・詩・ときどき映画。自作の小説も書いてます。

小説・「海のなか」(23)

前話はこちら。

 

 

 

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例の一件から、愛花は何かと俺に話しかけてくるようになった。俺はといえば、美しい猫が俺にだけ特別なついたかのような、幼い優越感を感じて日々を過ごしていた。実際、あの日から愛花の鋼鉄の扉はほんの少しだけ開いたようだった。

 愛花は実際付き合ってみると、見た目の華やかさに反してかなり捌けた性格のようだった。何かにーーーいや、誰かに粘着したり執着することを嫌う性格。だが、一方で夢中になれるものを見つけると、他の追随を許さないほどのめり込んだ。その様は本来他人に向かうはずの興味関心が全て注ぎ込まれてしまったように激しかった。あいつのさまざまなスペックが高いのはこの性質のせいもあるのだろう。もっともその力が発揮されるのはもっぱら興味のある分野に限られた。そのせいで、食指動かないものについてはとことんできない。

 やっぱり第一印象は間違ってなかったようだ。アンバランスな存在。それが妹尾愛花だった。時折垣間見える不均衡に惹き寄せられるようにして、気がつくと愛花とともに過ごしていた。途中、2年になってクラスは別れたが、それでも交流は続いた。

 すると、愛花と出会って一年と少し経った頃から、どこからともなく噂が立っていた。

 「五十嵐と妹尾は付き合っているらしい」

 と。火のないところに煙は立たない。確かにその頃から俺は愛花にはっきりと惹かれ始めていた。いや、きっと最初から種子はあった。俺はようやくその頃になってそれが芽吹いたことに気がついたのだった。なんだか間抜けだ。ともかく、ゆっくりと気付きはやってきたから、特に慌てることもなかった。それどころか、今まで落ち着きなく浮いていたピースが上手くはまった、という満足感さえ覚えていたくらいだった。だからだろうか。今でも考えてしまう。あの噂さえなければ、今の俺たちはどうなっていただろう、と。考えても仕方ないことを考えるのは俺の悪い癖だ。こんなんじゃ、また愛花のやつに「女々しい」と言われてしまうに違いない。

 例の噂が立ったころ、俺は愛花と付き合う気はさらさらなかった。あいつが俺のことをなんとも思っていないのは明白だったからだ。愛花の中で、俺はただの男友達の一人に過ぎない。告白したところで振られるのがオチだ。何よりまだ、このままそばに居たかった。あいつと話していろんな表情を見ていたかった。あいつの隣は俺でなくてもいい。けれど、俺にしか引き出せないあいつの表情があるはずだ。せめて自分の中だけでもそう思っていたかった。

 事実、愛花が下の名前で呼ぶ男子は俺だけだった。そんなちっぽけなことに価値を見出している自分が情けなかった。きっと、愛花にとってはどうでもいいことなのだ。それをわかっていても拘ってしまう。虚しすぎる。当時はそんな内面を絶対に知られたくなくて、出来るだけ感情を表に出さないように努めていた。そのせいで元々無表情で無愛想だったのに、さらに拍車がかかった。今でも悪癖は抜けなくて、初対面で「怖い」と言われる。特に女子には。

 たとえ、俺と愛花の噂が嘘であっても他の愛花に気がある奴への牽制になるはずだ。そんな思いもあって、心のどこかで安堵していた。このまま曖昧な関係を続けていけると。

 ところが予想外の事態が起こった。愛花へ告白する奴が急に増えたのだ。

 その頃の俺は女子よりも背が低かった。背が伸びたのは中学3年になってから。当時はそのうち伸びるだろうと、大して気にしてもいなかった。だが、愛花の彼氏となるとそうもいかないらしかった。

  ーーー要するに、当時の俺は愛花の隣に並ぶには不釣り合いだと判断されてしまったのだった。

 それまでも、愛花が告白されることは時折あった。何度か断るうちに「誰とも付き合わないひと」認定されて告白されなくなった。と、愛花の口から聞いていた。あいつは不遜にも楽だとか言っていたっけ。好意はありがたく受け取れと言いたい。

 それなのに、どうして告白されるようになったのかといえば、それはこういうことらしい。「あいつがいけるなら俺もいけるだろ」って。失礼だな、おい。

 俺は焦った。どうしても「今」を奪われたくなかった。それは、愛花に対する執着なのか、それとも愛花との生ぬるい関係への執着なのか。その時は見分けがつかなかった。今なら分かる。だが、あの時は分からなかった。何も。あの頃の俺はどうしようもなく幼く、そして馬鹿だった。

 

***

 

海のなか(24)へとつづく。

 

 

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