KUROMIMIには本が足りない。

KUROMIMIには本が足りない。

活字がないとダメ系ヲタク。小説・音楽・詩・ときどき映画。自作の小説も書いてます。

小説・「海のなか」(28)

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前話はこちら。

 

kuromimi.hatenablog.com

 

 

***

 


20××年 10月5日

 


溺れている。

深い色。

上の方に光が見える。

 


***

 


20××年 10月6日

 


「はやくおいで」

と誰かが呼んでいた。

顔がない女。

でも、笑っているのがわかる。

 


***

 


20××年 10月7日

 


「         」

 誰かに呼びかけている。

 手は冷たいままだ。

 あの人は、振り返らない。

 


***

 


20××年 10月8日

 


指切りの歌を歌っていた。

甲高い声が耳に障る。

わたしの声だった。

「約束よ」

と目の前の誰かが言った。

顔を見ることは出来なかった。

 


***

 


20××年 10月9日

 


目の前が青い。

光が揺れている。

どうやらだんだん沈んでいるようだ。遥か上へと泡が上っていく。

目の前が黒に染まる。

誰かの腕がわたしの体を締め付けていた。

苦しい。

薄れゆく意識の中、何者かの皺をたどる。

 


***

 


20××年 10月10日

 


見たことのある店内だった。

木造の古びたカフェだ。

テーブルの中央には銀の皿が一つ置かれている。

わたしと〇〇は二人で一つのアイスを分け合っていた。

「美味しいかい」

 と〇〇が尋ねて、わたしは頷いた。アイスは蕩けるように優しい味だった。

 


***

 


20××年 10月11日

 


「〇〇さん!」

 彼女は振り返らないことをわたしは知っている。それなのになぜか、呼びかけてしまう。

「まって!」

 叫びが喉から溢れた。

目が熱い。

泣いているみたいだ。

そのとき、これは夢だと気がついた。

 


わたしは今まで泣いたことがないからだ。

 


***

 


20××年 10月12日

 


わたしの手は皺々の手の中におさまって揺れていた。どこかへ出かける途中のようだ。

視界は強い日差しに白く光っている。いかにも夏らしい景色なのに、ちっとも暑くない。

 「夕凪、疲れたかい」

 年老いた声が降ってきた。しわがれていて低く、男女の区別はつかない。相手はわたしと揃いの麦わら帽をかぶっているようだ。

 「んーん、〇〇〇ちゃん」

 「ゆぅ、たまごアイス食べたいなぁ」

 わたしは聞いたこともないような、甘ったるい声を出してそう言った。幼い子供の声。すると、頭上からは微かな笑い声が降ってきた。

 「じゃあ、わたしと半分こするかい」

 

***

 

 

海のなか(29)へと続く。

 

次話はこちら。

 

 

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