KUROMIMIには本が足りない。

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活字がないとダメ系ヲタク。小説・音楽・詩・ときどき映画。自作の小説も書いてます。

小説・海のなか(33)

 

 

前話はこちら。

 

 

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今までのあらすじ

 


高校2年生の少女、小瀬夕凪は海で遊んでいて、溺れてしまう。溺れた先で彼女はある不思議な「青」と名乗る少年と出会う。

結局、夕凪は数日後海辺に打ち上げられる形で発見され、日常へと戻る。しかし、夕凪は青の存在が忘れられない。結局、再び海へと潜り青との再会を果たすのだった。青との逢瀬を繰り返すにつれ、夕凪は自分がある過去を忘れていることに気がつく。すると、青は夕凪にこう告げた。「全てを思い出したら、またおいで」と。時を経るにつれ過去を思い出してゆく夕凪。彼女が忘れていた過去とは、過去に夕凪は祖母と海に溺れており、その際、祖母は行方不明になっているという内容だった。

 


過去を思い出した夕凪は…?

 


※実際は群像劇なので、サイドストーリーがたくさんあります。まだ読んでいない方はぜひ「海のなか」本編をどうぞ。詳細なあらすじは、「海のなか」のまとめ記事に書いてあります。読み直してみてください。

 

 

 

第九章「死と生の予感」

 

 

 神社の境内に座り込んで、もう何時間が経っただろう。境内に差し込む日差しはいつのまにか赤みを増していた。時計がないので、もう夕方だ、ということしかわからない。ここ最近の記憶は曖昧だ。吸い寄せられるようにここにやってきて、ただ漫然と時間を食い潰している。

 これからどうなればいいのだろう。わたしは呟くことすらなくまた同じ問いかけを重ねた。13年前の記憶を思い出してからすでに一週間が経とうとしていた。青との逢瀬はそのまま実質的な死を意味している。それでも選ぶことができるだろうか。選び続けることができるだろうか。今までは当然青を選ぶと思っていた。選ばない理由がない。彼以外に欲しいものなどない。けれど、わたしは恐れていた。初めての後悔の予感に。今まで後悔したことがない。選んだことがないから。そう。今まで選ばないことすら選んだことはなかった。今まで身のうちに抱いてきた意志とは周囲の流れ一つでひらひらと入れ替わるようなものでしかなかったのだから

 思考はとめどなく出口を塞いでいる。けれど、混沌とした頭の中でも明らかなのは、青がわたしの全てを変えてしまったということだった。

 


***

 

 

 

海辺に降り立つと、やはり潮の香りがした。吹く風はいつのまにか冷ややかさを帯びていた。実際にここを離れたよりもはるかに長い間遠ざかっていた気がした。そのくらいこの場所に立つことを何よりも望んでいた。ただ、同時に強く恐れているのもまた事実なのだった。わたしはコンクリの地面を意識すると強く蹴った。夏の日とは違う陰った色が迫ってくるーーーー。

 それきりわたしは呑み込まれ、意識を失ってしまった。海の暗い色がやけにくっきりと、目に焼き付いたのを確かめながら。

 目覚めると、見慣れた海の底を見渡した。見渡した、とは言っても日暮れの海底ではほとんど何も見ることはできない。視界を埋めるのはただ闇だけだ。そのなかで私だけが白く発光していた。いつもそうだった。青のいる場所だけが白くぽっかりと浮いているのだ。ーーーどんな時も。そこだけが切り取られ、取り残されているかのように。口から吐かれた空気があぶくとなって昇っていくのを見上げながら思う。

 そう。ここは変わらない。喧騒も雑念も何もかもこの場所立ち入ることはできない。何者も、乱すことは出来ない。

 「夕凪」

 名を呼ばわる声もまた変わらないものの一つだった。振り向くとやはり青が微笑んでいた。

 「青、会いたかった」

 「ああ。待ってたよ。ーーーー思い出したんだね」

 「青と私は会ってた。13年前に。そうでしょ?」

 既に触れてはならない部分に触れようとしていた。だと言うのに雰囲気はまるで世間話でもするかのような調子だ。それが空恐ろしくて身が竦んだ。この雰囲気を強いられているという自覚があった。

 「君たちはあの日ここにやってきた。僕の元に、ふたりいっしょに」

 言葉を重ねれば重ねるほど、目の前の笑みは深いものなってゆく。

「そして、溺れたわたしを青は助けてくれた」

「その通りだ」

 まるで幼子をほめそやすような響きだった。よく思い出したね、と。

 「でも、ひとつわからないことがあるの」

 「何が」

 「おばあちゃんは、どこに行ったのか。ーーーーーー青、知ってるんでしょう」

 決意を込めて少年を見据えた。当然、彼も同じような顔をしているものだと思っていた。わたしは自分の意志でここにきたわけではない。全ては青の導き、彼の意図に沿って行動したに過ぎない。彼はこの問いをわたしにさせたかったのだろう。そのために夢を思い出すよう促した。そういうことなのだろう、と思っていた。目の前の表情を見る瞬間までは。その顔をずっと忘れられない。本当に何を言っているのかわからない、という顔だった。

「ここにいるじゃないか」

「え?」

「君の祖母はずっとここにいるよ。わたしと一緒に。ずっとそうだったじゃないか。夕凪と僕と彼女。三人で会っていただろう。あの夏以来ずっと」

 その時、海流が乱れ、土が蠢いた。そうして土の下に白い何かが現れた。白い中に黒く穴が空いている。縁取られた黒い穴。人間の眼窩だった。骨の白は今まで目にしたどの色とも異なっていた。

 「気が付いてなかった、みたい」

 「彼女は無口なんだ。夕凪も知っているだろう」

 わたしに笑って見せてから、青の長い指が優しく白骨を撫ぜた。その仕草を見た瞬間、理解した。

 青は祖母を愛しているのだ、と。

 


***

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