KUROMIMIには本が足りない。

KUROMIMIには本が足りない。

活字がないとダメ系ヲタク。小説・音楽・詩・ときどき映画。自作の小説も書いてます。

連続小説・「アキラの呪い」(6)

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前話はこちら。

 

 

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***

 

 中学生になると、俺は「あの」水無瀬晶の弟として扱われた。中高一貫校だったから余計にそういう目で見られた。小学校でもそんな感じだったからむしろ俺としては懐かしさすらあった。そもそもその程度のことで動揺してちゃ、あれの弟は務まらない。なので入学してから一ヶ月ほどは、周囲に水無瀬歩がいかに平凡な奴かを知らせることに注力した。まあ、実際俺は平凡な人間に過ぎないのでありのままでも構わない。けどそれじゃあ、姉の武勇伝にインパクト負けしてしまう。平均よりも平凡、という印象が必要だった。
 だからこそしばらくは、特に品行方正に努めたつもりだ。そこそこな成績、普通のルックス、ありきたりの発言、絶えず繰り返される笑みと同調。それらが癖なのか演技なのか分からなくなった頃にようやく、高等部一年にいるヤバい奴と俺の印象は切り離して考えられるようになった。やばいのはあの家族ではなく、あの女だと認識が改ったわけだ。
 さて、こうしてイメージ改善に苦心していた俺だが、まったく姉との交流がなかったわけでもなかった。なにしろ同じ家に住んでいるのだ。家の外で全く交流しないわけにもいかない。しかもあいつは家族のメッセージグループをチェックする習慣が全くなかった。何度言っても身につかないのでしまいには両親も諦め、しだいに晶に俺が直接伝達するようになった。晶は俺がやってくるたびにじっとりとした目つきで見てきたが、構うものか。通信手段をまるで活用しないお前が悪い。結局晶は頻繁にメッセージを確認することと、俺と会って話すことを天秤に掛けて、後者の面倒を受け入れることにしたらしい。そんなわけで、俺は必然高等部にも頻繁に出入りすることになった。今から考えるとなかなか役得だ。高等部のお姉様方には可愛がってもらえるし、運が良ければ食い物までもらえた。中等部では校則で禁止されている菓子類はなかなか背徳の味だった。
 しかし、それすら最大の利点ではなかった。なんと、俺が出入りすることで晶のイメージ改善までできたのだ。これは嬉しい誤算だった。「なんだ、家族とは普通に話すんじゃん」ということらしい。とは言っても、彼女に話しかけようとする猛者はさすがに存在しなかった。だが、少なくとも姉の印象は「取り扱い注意の劇物」から「触れさえしなければ安心な置物」くらいには下方修正された。
 俺はこの頃から意識的に晶を「姉さん」と呼ぶようになった。小学校までは完全に家でも外でも「アキラ」呼びだったのだ。それは血が繋がっていないことを周囲に知られないための自己防衛でもあった。義理の家族というのは何かと面倒な憶測を呼びやすい。晶は歯牙にも掛けないだろうが、事前に防いで悪いことはない。主に俺の精神衛生上。
 けれどこれだけが理由でもなかったのだと、今にして思う。あれは晶に対する楔だった。俺はお前の家族だ、という。あの頃から俺は気づいていたんだ。俺は晶に切り捨てられるかもしれないということに。彼女は独りを心の底から望んでいる。孤独と自由を奪われるくらいなら死を選ぶだろう。あいつは昔から頑固な性格だ。だが俺はそれを許さず、晶の傍らに踏み入った。「姉」という呼称はその宣言だった。
『切り離せるものなら、切り離してみろ』
 あれは声なき恫喝だった。あの頃から俺たちは何も変わっちゃいない。振り払おうとする晶に追い縋る俺。この構図は死ぬまで変わらない。だからあいつにとっての俺は家族というより敵なのだろう。自由を侵害する敵。善意という敵。そう。俺の戦略は「善良さ」を武器にすることだった。
 忘れ去られるくらいなら、憎まれ、嫌われている方がいい。姉は好きも嫌いもはっきりしていて、強烈だ。まあ、その好悪が人間に向けられることはほぼなかったが。だからだろうか。いつからかこんな思いが俺の中で芽生えた。

「俺が晶にとって、最初の嫌いな人間になってやる」

 好かれるなんて、あり得ないことは望まない。それならせめてなんでもいい、感情を向けて欲しかった。それこそがあいつを人間らしくすると俺は今でも信じている。少なくとも憎んでいる間だけは、あいつは俺を、この世界との繋がりを、忘れられないはずだ。今日も俺は晶に呪いをかけている。家族という呪いを。

 

 

アキラの呪い(7)へとつづく。

 

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