KUROMIMIには本が足りない。

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活字がないとダメ系ヲタク。小説・音楽・詩・ときどき映画。自作の小説も書いてます。

小説「アキラの呪い」(15)

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前話はこちら。

 

kuromimi.hatenablog.com

 

***

 


 晶は結局翌日には早々と片付けを終えてしまった。後には空の部屋だけが残された。まるでそこだけ持ち主を失ったかのようだった。そうして姉はその後一日だけ滞在し、実家からアパートへと戻っていった。正直いつ帰ったのかは俺にもわからない。週明けになって大学の講義に出なくてはならなかったから。ただ、最後の1日はどこかに出掛けていたようだった。帰りしな、晶と会って一緒に家路についたからだ。彼女が自ら外出するなんて珍しいものだ。普段はほとんど出かけないくせに。考えてみれば、彼女はこの帰省中妙に活動的だった。こんなに忙しなく動き回る姉を見たのは初めてだった。訝しむほどのことではないかもしれない。だが、違和感があるのは確かだった。そうして俺は近々また姉の元を訪れることにしたのだった。

 ところで両親は姉の帰省が終わってから目に見えて活力を失っていた。特に母は顕著だった。やはり姉との衝突がこたえたのだろう。あの後、母はこっそりとゴミ袋を開き中身を少しだけ回収していた。きっと「ゴミ」のいくつかは彼女の手元にあることだろう。その背中を見ていると、複雑な思いに駆られた。姉はきっとその行動を嫌悪するだろうし、俺もなんだか寒気がした。親からの愛情とはここまで重くのしかかってくるのか、と。無償の愛とはよく言ったものだ。本人の意思とは関係なく注がれ続ける他者の感情。それを受容できるなら本来は問題ないのだろう。ならば、それを受け入れられない人間はどうなるんだ?愛に溺れ、挙句窒息するんじゃないか。そんな絵図が脳裏に浮かんでは消えた。「溺愛」という言葉がある。愛に溺れているのは、愛する者なのか、愛される者なのか。もし愛される者であるなら、その叫びは相手に届くのだろうか。それとも愛という水に遮られ気が付かないのだろうか。

 それなら愛は本当に尊いと言えるのか。隠れて母の背を見ながら、俺はずっとそんなことを考えていた。だからあの後ろ姿はあんなにも恐ろしく見えるのだろうかと。

 親父にも尋ねてみたくなったけれどやめておいた。なんと切り出せばいいのか、その一言が全く思いつかなかったから。だから想像だけしてみた。

『なあ、親父。母さんが姉さんのゴミ、拾ってたんだ。なんか妙な気分になったんだよ』

『ああ。…母さんは晶のことがほんとうに好きだからなぁ』

『そんだけ?』

『何が言いたい』

『だってさ…姉さんは捨てることを望んでるんだぜ?』

『親心ってやつだよ。歩も結婚すればそのうち分かる。親にしかわからないんだ』

『そういうもん?』

『そういうもんだ。ガキにはわからない』

 きっとこんな感じ。親父は煙に巻くような会話ばかりした。大事な部分には触れず、誤魔化してなんとなくなかったことにしてしまう。きっと俺が何を言いたいのか正確に理解した上で、それでもはっきりとは応えてくれないだろう。親父の相手をしているときはいつも、掌の上で遊ばれている気分だった。母は親父と俺がよく似ていると昔から言うが、正直外見だけだと思う。あんな底意地の悪い真似、不器用な俺には到底出来っこないからだ。なまじ見た目が似ているのが嫌だ。そのせいで中身の違いがより顕著に思えた。親父には敵わない。だからたまに思う。もしも親父のように賢ければ、晶にもっと上手く接することができていただろうか、と。

 この問いに意味はない。でも自分の無力さを思い知るたび別の人間になりたいと願わずにはいられない。父本人はというと、晶と家族として接してはいるものの、二人には常に一定の距離があった。最初はお互い遠慮しているのだと思った。だが、それは違った。姉は過度に干渉しないほうが都合が良かった。そして父は義娘の個人的問題に踏み込んで解決するほどには、姉を愛していなかった。もちろん家族としての愛はあった。それは間違いない。だが、それ以上の厄介ごとに関わるほどの感情はなかった。そんなことは姉自身も望まないのは明らかだったし。幼い頃から晶を育てたのは母だったから、父は概ね母の方針に従うようにしていた。

 冷たいような気もするが、正直これでよかったのだと思う。母に加えて父まで積極的に振る舞っていたら、きっと姉はいつか爆発していただろう。安泰に見えたうちの家族も案外危ういバランスで成り立っていた、ということらしい。

まあ、晶を擁する家庭が平穏無事な方がどうかしている。そう思わないか?俺は大いにそう思う。俺たちはなかなか頑張ってる。そうだろ?まあ、誰かに褒めてもらったわけでもないんだが。

 


第三章おわり。間話2へと続く。

アキラの呪い15、16は連続更新。

次話はこちら。

 

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