KUROMIMIには本が足りない。

KUROMIMIには本が足りない。

活字がないとダメ系ヲタク。小説・音楽・詩・ときどき映画。自作の小説も書いてます。

小説・海のなか(1)

f:id:KUROMIMI:20200216221549j:image

 

登場人物名にミスを発見したため、再投稿させていただきます。

 

 

第零話   プロローグ

 

 

 

あれからもう随分と永いあいだここにいるような気がしている。

いまが一体いつなのか、もうわからない。

それほど時間が経ったのだ。あの時から。すべてを曖昧にさせるほどの永い、永い時が。

わからないことだらけだ。

私は誰なのか。

私の名前はなにか。

私を知っている人はいるのか。

そして、私は生きているのか。

ここに来る前に私は多くのものを失ったように思う。失ったものについて考えるたび奇妙で空虚な喪失感がどこかで渦を巻く。でも、それだけだ。この胸には悲しみも喜びも苦しさも、何もない。

ただ確かなことはひとりの少年がこの場にいたということだけだ。

わたしはもう彼の表情を思い出すことができない。

ただ、これだけはわかる。

彼は私を残して消えてしまったのだ。

ここには誰もいない。名も知らぬ何かが漂い、出口を求めてさまよっている。

もしも。…時折考えることがある。

 

もしも、誰かが来てくれたなら

そのこは私の終わりになってくれるだろうか。

次の私になってくれるだろうか。

いつかのわたしのように。

 


わたしはそのときをずっと待っている。時間の止まったこの場所で。

ずっとずっと待ち続けている。

 

***

 

第一章  海の中

 


『はやくきて、夕凪』

  高校二年の夏のある朝、不思議な声が感覚を撫でていった。

  瞬間、すべてを忘れた。これから海に行くことも、となりの友人の存在も、いま駅のホームに立っていることさえも。

   妖しく、美しい声だった。一度聞いたら忘れられない危うい響きが、まだ耳の奥ではリフレインしていた。

『まもなく、列車が参ります。危ないですから黄色い点字ブロックの内側まで下がってお待ちください』

  唐突に澄ました文句が現実感いっぱいに耳に飛び込んできた。駆け込んでくる電車の列に不思議な残響が連れ去られていく。あっと声が出るほどあっけなかった。

  なにかを忘れているような気がした。罪悪感がちくりとする。とても大切なことだったような気がしたのに。不意に隣を見ると愛花と沙也が陵を挟んで話していた。今日も何にもない普通の日なんだろう、と安心している自分がいる。

  「なあ、夕凪はどう思う?」

陵がくるっとこちらを振り向き尋ねた。自分の顔のこわばりを感じる。なんの話をしていたのか、全然分からなかった。そもそも会話に加わっているという意識すらなかったのだから、当然といえば当然だった。悪い予感がじわじわと這い上がってくる。今日だけはうまくやろうと決めたのに。

  慌ててわたしは口を開いた。

「陵、ごめ…」

  大きな音を立てて電車が滑り込む。わたしの小さな声は散り散りになってしまって、言った本人ですら、発声したかどうかもおぼつかない。そっと伏し目がちに様子を伺うと、誰もこちらを見てなどいなかった。どうやら答える必要は無くなったようだ。

  すっと視線を下げる。小さなひとつひとつに傷ついている自分に嫌気が差した。別にいじめられたわけでも意地悪されたわけでもない。ただわたしが重要でないだけ。いつも、どんな時でも。

 電車が起こした強い風に煽られて、麦わら帽子が飛んでいきそうになる。慌ててぎゅっとつばを下げるととたんに視野が狭くなった。

「夕凪」

名前を呼ばれて顔を上げると陵が心配そうな面持ちで見つめていた。

「電車出るよ、早く」

   泣いているように見えただろうか。そっと目元に触れてみる。しかし涙の気配もなく乾いていた。そうしてそうか、と密かに結論した。

きっと、すべてを諦めているから濡れないのだ。

わたしは薄く苦笑して電車のステップを踏んだ。

『ドアが閉まります。ご注意ください。』

間延びしたアナウンスが後を追って聞こえる。

 


***

 


列車内はがらんとしていた。日差しだけがさんさんとさして空白を強調しているみたいだ。なんだかさみしい。まるで言い訳しているみたいだ。適当な席に腰を降ろすと、愛花と紗也はまた陵を囲んで話しはじめた。今度は好きなバンドのハナシらしい。愛花が嬉々として熱弁している。わたしも今回はちゃんと話を聞いておこうと耳を傾けていたけれど、ふと気づく。そういえば、わたしはあんまり音楽を聴かない。この話題に入り込むのはむずかしい気がする。異国語のような三人の会話が少し遠くで聞こえた。いつもわたしはこうだ。みんなの時間とわたしの時間は速さが違う。一人だけ停滞している。そして、わたしを置き去りにしていることにすら、きっとみんな気がついていない。

 楽しそうな三人を横目にふと思う。そういえば、なぜ私はここにいるのだろう。陵だ。陵がわたしを誘った。いつもそういう気の使い方をするのは決まって陵だった。今日この場に来たことをわたしははやくも後悔し始めていた。ひどく自分を滑稽に感じる。誰もわたしを疎む素振りすら見せないことが、余計にわたしを辛くさせた。わたしを今この場につなぎ止めているのは陵の誘い。それだけだった。

『夕凪もいくだろ?』

   そう言って笑った陵の顔が過ぎる。口に苦いものが広がる。何度もぶり返すようなあの味。わたしはこの迷路からもう抜け出せないのかもしれない。麻痺してしまっているから。窓にだらしなく頭をもたせかけたまま、そんなことばかりを考え続けていた。

電車の中にもたまに視線を向けてみるけれど、誰とも目が合わない。お互いに目をそらし合って俯いている。みんなひとりぼっちみたいに見える。それを眺めている私もなんだか粘土でできた人形みたいににぶい。意識も宙に浮いたままひどく曖昧だった。窓から見える風景はあまりにも単調で眠くなった。電車の振動がゆりかごのようにわたしをあやす。電車がひとつ身体を揺するたびに、わたしの意識は曖昧になってくる。柔らかな繭に包まれて、わたしの瞼は少しずつ閉ざされる。

——ああ、みんな水着の話とかしてくれないかな。そうすればわたしだって話せるのに。

膝の上に置いた堅いビニールバックを抱きしめると、情けない音できゅうきゅう啼いた。いつの間にか、窓からは青い海が見えていた。澄んだ青は見つめていると、吸い込まれそうなほど深い色だ。波の表面は滑らかで美しい絹のように見えた。

「あっ海!」

「わあっ、きれい!」                       

愛花と紗也が席から立ち上がって窓に張り付く。はしゃいだ声が虚ろな車内に弾ける。照りつける日差しが白く目に突き刺さって、わたしは思わず目をほそめた。

        ***

 水着に着替えてみると、なんだか急に恥ずかしくなってきてしまった。おなかのあたりがすうすうして落ち着かない。

となりで堂々としている紗也と愛花がうらめしく思える。ほんとうに海に来るのはいつぶりだろう。少なくとも中学校に上がるよりも前のはずだ。急に、あの頃のわたしの形が遠くなって分からなくなってしまう。あのときのわたしと今のわたしは別物になってしまったのだろうか。知らず知らずのうちにそんなことを考えている自分に驚く。わたしは一体なにが欲しくてこんなことを考えたのだろう。今さら昔のことなんか考えたりして。いままで考えたこともなかったのに。なんだかしっくりこない。自分以外の誰かが『わたし』になりすましているみたいに。

「夕凪! 」

 気がつくと三人の背中は遠くにあった。愛花が頭上にバレーボールを掲げているのが小さくみえた。みんな笑っている。それだけで許された気がした。

「いまいく」 

   駆け寄っていくと既にバレーボールは始まっていた。宙を舞うボールにわたしはおびえてしまう。昔から運動が苦手だった。ましてやバレーボールなんて今までただの一度もボールをまともに上げられた例しがない。いつもわたしのボールは地面に落ちるか、あさっての方向に飛んでいく。足は地面に張り付いたみたいに動かないし、手は冷えて感覚が鈍い。楽しそうに遊ぶ三人のことが、まるで別の世界の人みたいに遠く感じられる。心がみるみる惨めな色で塗り込められていく。ああ、どうしようもない。

「夕凪」

  呼ばれて顔を上げると、ひときわ高いボールが白い太陽に呑みこまれながらわたしめがけて落ちてきていた。遮るように、空に手をかざす。けれどボールはそんなのお構いなしにすり抜けてわたしの額にぶつかり、海の方へと跳ねていった。

「っあ! 」

   痛みで涙が滲む。泣いていると思われるのは嫌だった。俯いて素早く踵を返すと、海に着水したボールを取りに走る。早くしないと、どんどん沖に流されてしまう。

「だいじょうぶー?」

みんなの声が背中に追いつく。振り払うように無理矢理明るい声で返事をした。

「平気、平気!」

もっと速く走らなきゃ。気がつかれないように。一目散に海に入るとツン、と潮の香りがする。顔についた水滴が容赦なく塩辛かった。喉が痛み始める。息がうまくできない。身体もいうことを聞かないみたいだ。

  いや、本当はちがう。ーーー私自身が拒絶しているのだ。あの場に戻ることを。その時、身体の芯が冷えていくのを感じた。なぜ、戻らなければいけないの。戻っても与えられるのは苦い蜜ばかりだ。その時、左足を強い力で誰かが摑んだ。

「えっ?」

「何か」から逃れようと足をばたつかせても、びくともしない。どんどん海の中に引きずり込んでいく。

「たすけて」

    息苦しい小さな声が漏れる。同時に視界がエメラルドグリーン一色に染まる。美しさにくらくらと目眩がした。息を吐き出すと大きくて緩慢な水泡が生まれて、胸がきりきりと苦しくなった。泡の行く末をぼんやりと目で追いながら、頭の片隅で思う。これで自由になれるのだろうか。いっそその方がいいのかもしれない。だって今何も、誰も浮かんでこない。誰にも会いたくない。何も欲しくない。あの世界にあるものは何も。

    だんだんと目の前が暗くなっていく。わたしはその瞬間全てをあきらめた。それきり意識は途絶えた。

 


***

 


   どこかからかやってきた潮の流れがわたしの頬を撫でた。曖昧な意識でも海中が穏やかなのが分かった。ああ、この場所はわたしを拒絶しない。すべてから逃れられる。自分のゆっくりとした呼吸を感じる。呼吸?わたしは海で溺れたはずなのに。疑問がわたしを少しずつ覚醒させた。身体の中心から徐々に感覚が広がっていく。誰かがわたしの髪を優しく梳いている。慈しむような手。不思議と怖いとは思わなかった。それどころか、手から与えられる感触にもっと身を委ねていたいとさえ思った。そう。わたしはどこかでこの感覚を知っている。小さい頃だ。それも、こんな場所でじゃない。もっと身近な。でもだめだ、思い出せない。

     手が優しければ優しいほど切なくなった。こんな安堵は地上に戻れば二度と手に入らないだろう。瞬間大きく心臓がはねた。胸をつく懐かしさがこみ上げる。いや、これは懐かしさなんて生易しいものじゃない。渇望だ。内から突き上げる感情に思わず目を見開き、身体を起こした。すると、すぐ近くから少年のような声がした。

「やっと起きた。気分はどう」

    声のする方を振り向くと、頭がひどく痛んだ。視界が歪み、ぶれる。わたしは呻くように訴えた。

「あたま・・・いたい」

「そうか。久しぶりだから身体が馴れていないのかもしれない。大丈夫。そのうち馴れる」

 見知らぬ少年はいいながら、そっとわたしの頭を撫でる。その手の感触には覚えがあった。少年はほんの少し髪に触れてすぐに手を離してしまう。まるで何かを恐れているようだ。壊れ物を扱うような恐れが僅かに触れた手から伝わってきた。ややあって、わたしは尋ねる。

「・・・髪を触っていたのはあなた?」

「ああ」

   少年は返事すると、何かもの言いたげな目をした。視線がぶつかる。その時初めてわたしは彼の姿を正面から見た。決して華やかではないが、目を惹く憂いを帯びた端整な顔立ちをしている。彼の白い肌が暗い海の中で浮き上がって見えた。まるで光を放っているようだ。少年の艶のある黒髪がより一層肌を白く見せている。こんな人間を今まで目にしたことがなかった。そしてその特異な印象は、単に優れた容姿のみに原因するわけではなさそうだということが一目で見てとれた。わたしは固唾を呑んで、目の前の人物を食い入るように見つめた。少年はわたしの視線に気がついているのかいないのか、微笑みかけた。

「夕凪、君はちゃんと生きてる。ただ、ここで息ができるように少し仕掛けはしたけれどね」

「・・・あなたは誰?」

 こんなに何かを知りたいと思ったのは初めてかもしれない、と心の中で思った。そうだ、こんな場所に人がいるはずがない。ただの人が。それに彼は人というには奇妙で、そして美しすぎた。急に怖くなった。この場所で息ができるようになったわたしもまた「ただの人間」ではないのか。指先が急に冷えてたまらなくなった。

「僕は青。ここにずっと棲んでいる。夕凪、安心するといい。君は人間だよ。どうしようもなくね」

 わたしの心を読んだような言葉に息が詰まった。見透かされている。

   青に「夕凪」と呼ばれるたび、どこか喜んでいる自分がいる。目覚める間際の感情が何の前触れもなく甦る。まるでずっと欲しかったものが今目の前にある、とでもいうように。わからない。わたしは知らなさすぎる。さまざまなことを。

「そういえば、わたしの名前・・・」

「ああ。君のことは昔から知っている。君が幼い頃から」

青はわたしと同い年くらいに見えるのに、その目はひどく大人びていてアンバランスだった。彼は慈しむように言った。

「・・・・・・大きくなったね、夕凪」

 また、ちりちりと理解できない感情が胸を焦がす。胸の上でぎゅっと片手を握り締めてわたしはいった。

「ここは、海の中なの?」

「そうだよ」

「帰らなきゃ」

 自分の言葉が空々しく耳に響く。本当にそうだろうか。あの時あんなにも簡単に全てを手放したのに。なぜ今になって。あの世界もわたしを必要としていないのに。出口の見えない問答がわたしを支配する。地上にわたしの心を繋ぎ止めるものはほとんどなかった。今会いたい人がいない。両親とは疎遠だし、心から友達と呼べる存在もいなかった。それなのに今、身体いっぱいの喪失感で息が苦しいほどだった。身体中で心臓の音を聞きながら、わたしは理解する。本当に全てを失ったのだと。あそこしかわたしの帰る場所はない。希薄な関係性とちっぽけな世界がわたしの全てだった。そして、今度はそれすら失ったのだ。

 「ふううっ」

 無様な声と一緒に涙が溢れる。けれど、すぐにもっと濃い塩水に紛れてわからなくなってしまう。わたしの悲しみを逃す手立てはなかった。海の中で泣くことはできない。だから、苦しみが癒える事もきっとない。わたしの方を一瞥すると、青はつぶやくような声で言った。

「…帰って欲しくないな。だってずっと待っていたんだからね」

「待っていた」という言葉にギクリとする。喜びと恐れのようなものがない交ぜになって押し寄せる。足を掴んで引きずりこまれた時の恐怖が何処かからか滲んできた。わたしを溺れさせたのはこの青という少年なのではないか。不意に疑惑が頭をもたげた。なぜこの可能性を一度も考えなかったのだろう。いや、考えたくなかったのだろうか。もう、恐怖と喜びの境目がわからない。

「君が初めてこの場所に足を踏み入れた瞬間から、僕は君を感じていた」

   青の声色は穏やかだった。しかし、その背後には押し込められた隠しきれない思いの気配が漂っていた。

「どのくらい?」

    別に、問いの答えが知りたいわけではなかった。未知の感触に腹の底が疼いた。本当は怖くて仕方がないのに、どうしようもなく引き寄せられる。青のガラス玉のような瞳にわたしが映り込んでいた。もう一度繰り返す。今度はゆっくりと噛みしめるように。

「どのくらい、まっていたの」

  その時初めて青の笑みが溶けて消えた。真顔になった彼の顔は作り物めいていて、まるで精緻な人形のようだった。彼の赤い唇が滑らかに動く。

「千年」

「千年まっていた」

「僕は千年の孤独に耐えて、君を待っていた」

   それきり青は何も言わなかった。青の存在は知らぬ間に消える泡のように儚かった。それなのになぜか彼の言葉はわたしの心からいつまでも消え去らず残り続けた。もしも、青が想像もつかないほど昔からここにいるなら。彼の時が止まってしまっても何もおかしくない気がした。子供が子供のまま永い時を生きてきたかのように、青の印象はちぐはぐだった。

 ああ、どんどん正常がわからなくなる。わたしはいま、自分で考えているのか。それとも、考えさせられているのか。

「嘘だよ」

唐突に青は言った。嘆くような微笑みを浮かべている。

「え」

「此処には朝も夜もないから。時間の流れがわからない」

  そして、青は切ない表情をした。唇は微笑みを浮かべていたが、目元には憂いと遠い昔への郷愁が影を落としていた。青の言葉をめちゃくちゃに否定したくなる。そんなわけがない。どうやらわたしは想像以上に、彼の言葉を信じたがっていた。皮肉な笑みが口の端に漏れる。きっとわたしは「だれか」に待っていて欲しかったのだ。会いたい人がいないから。今までそんなこと考えもしなかったのに。それだけのことでわたしの心には苦いものが溢れた。つづく青の声はわたしの中の汚濁をかき消すように透き通って聞こえた。

「でも、これだけは信じて」

「僕はずっと君を待っていたんだ。気の遠くなるような永い時間」

    耳元で海の渦巻く音がする。わたしの安息が終わりを告げようとしていた。乞うような気持ちで少しでも長く今が続けばいいと本気で願ってしまう。こんな都合のいいこと、長くつづくはずがないのに。

「僕は此処で待っている」

「また会えるのをたのしみにしているよ。夕凪」

   どんどん耳鳴りが激しくなっていく。それに合わせて心臓が自分のものではないように乱暴に早鐘をうつ。

   目の前の青の姿が見る影もなく歪み、マーブル模様になる。青の言葉ばかりが幾度も耳の奥で響いた。

『まっていた』

    頭のどこかがキリキリと絞り上げられるように痛む。もう、何も見えない。耳は青の言葉を再生し続ける。

『まっていた』

  その言葉を最後にわたしの意識は再び途切れた。

   次に目が覚めると、目の前には病院の白い天井があった。わたしは海に行った日の二日後、浜に打ち上げられているところを救助隊に保護されたそうだ。目覚めた時には、溺れてから四日が経過していた。周りはまるでわたしが生き返ったかのように扱った。大人たちは口々に何があったのか聞きたがった。けれどわたしは決して青のことを誰かに話そうとはしなかった。話したところできっと信じられないだろう。わたし自身あの体験を一種夢のように感じていた。

   それでも、あれは本当にあったことだ。それを証し立てるように、事件以来わたしの左足には薄い青色の痣が残った。この痣だけがわたしと青とを結んでいる。

 あざに触れるたび、青の声が蘇る。

『千年』

『千年まっていた』

それはまるで、絶え間ない誘いのように。

 

 

 

『海のなか  2』へつづく。

 

***

 

 

次話はこちら。

 

kuromimi.hatenablog.com

 

 

 

 

他にもこんな小説を書いています。

 

kuromimi.hatenablog.com

kuromimi.hatenablog.com

 

 

小説・海のなか(34)

 

 

前話はこちら。

 

kuromimi.hatenablog.com

 

 

***

 


 もう何度目かの物思いから回復すると、あたりは薄暮だった。つい先程までははっきりと見てとれた物の輪郭が一気に崩れ薄闇へ溶けようとしている。一瞬、自分の視力ががくんと落ちたかのような錯覚に襲われた。刻一刻と世界は曖昧さの度合いを強めていく。ふと、このまま盲目になってしまえたら、と思った。知らないということがどれほど幸福なことなのか、見えていないということがどれほど幸福なことなのか、わたしにはもう痛いほど分かっていた。

 けれど、それでも知りたいと思うことは止められなかった。真実を知ることできっと支払うことになる代償。それがどれだけのものか、ある時点からわたしは考えることを放棄していた。そうして海から帰った数日前から、夢でも現でもある場面を追い続けている。

 13年前のワンシーン。あの日溺れた記憶を頭は絶え間なく再上映しようとする。何度も繰り返すうち、今ではもう手に取るようにくっきりと思い出せた。ただ、一部を除いては。祖母の手の温かさ。その乾いた肌。海を訪れるたびに繰り返した祖母との約束。「手を離しません」と合わさる声。どれほどあの日が暑く、太陽が肌を焦がしていたか。ミルクアイスの幸せな味。いつも被っていた麦わら帽子が祖母から買い与えられたお気に入りだったこと。海へと足を踏み外した時の浮遊感。聞いたことのない切迫した叫び。そして力強く抱く腕。深く美しい海中の色。

 けれど、克明に思い出せるのはそこまで。あとはフィルムが焼け焦げたようにブラックアウトしている。きっと溺れてすぐ意識を失ったからだろう。予想はついているのにどうしてもその先に手を伸ばすことをやめられない。同じ場所に意識が縫い止められていて、どの経路を辿っても最終的にはそこにたどり着く。どこにも行けないどん詰まりでずっと足踏みしている。

 なぜこんな思考に陥っているのかは早々に分かっていた。他ならぬわたし自身がこの状態で居続けたいと心の底では望んでいるからだった。この行為はもはや自慰行為に近いのかもしれなかった。自分の傷をさらに抉り、そこから滴る血を見て悦びを感じている。そんな歪んだ感情の高まりがないとは言い切れない。思い出したその先で自分が、青がどう変わってしまうのかその一瞬を見たくてたまらなかった。

 けれど暗い愉悦に心を浸していると、不意に心が虚になった。この悦びが偽りであることに本当は気がついていた。いや。偽りというのでは誤りだろう。この感情の奥に潜んでいるものをわたしはすでに知っているのだ。あの日、祖母の白骨を愛おしく見つめる青を見たその時から。

 「嫉妬…」

 青と祖母の関係はわたしがずっと求めてやまないものだと本能が叫んでいた。きっとそれは幼いあの頃には祖母に手を引かれて歩くだけで手に入っていたはずのものだ。自分が青に嫉妬しているのか、祖母に嫉妬しているのか、分からないほど勝手に心は乱れる。今まで生きてきて、激しい感情を抱いたことがなかった。いや、もしかしたらかつては大きな喜怒哀楽なんてものがあったのかもしれない。けれどそれを記憶し続けるには、あまりにわたしは自身に対して興味がなく、同時に無感覚だった。どんな辛いことや苛立つこと、悲しいことがあったとしても、ひたすら目を逸らし、耳を塞ぎ続けていればいつかは通り過ぎてゆく。喜びも悲しみも全てを忘却し無かったことにしてしまう。それが17年余りずっと続けてきた、なけなしの処世術だった。長い時間かけて築き上げた脆い壁が、今音を立てて崩れ去ろうとしていた。壁を壊したのは他でもない自分自身の激情だった。思えば今年の夏、青に再会したあの時から既に感情は目覚め始めていたのかもしれない。手に余るほど猛々しいそれを、今更どう扱えばいいのかも分からず実のところ途方に暮れていた。自分の醜さと正面切って向き合うには、わたしは成長しすぎて、屈折しすぎているように思えてならなかった。

 俯いたまま、泥を呑むように重い気分をため息と共に吐き出す。すると、何者かの足音がした。少し目を挙げると、白いスニーカーが視界に映った。

 「誰か、そこにいる?」

 若い男の声だった。

 顔を上げて見ると、そこには制服姿の陵が立っていた。

 「…夕凪?」

 彼の髪を靡かせる夜風は肌寒く、既に冬の気配を含んでいる。陵の背後にはうっすらと白い半月が昇っていた。

 


***

小説・海のなか(35)へとつづく。

小説・海のなか(33)

 

 

前話はこちら。

 

 

kuromimi.hatenablog.com

 

 

今までのあらすじ

 


高校2年生の少女、小瀬夕凪は海で遊んでいて、溺れてしまう。溺れた先で彼女はある不思議な「青」と名乗る少年と出会う。

結局、夕凪は数日後海辺に打ち上げられる形で発見され、日常へと戻る。しかし、夕凪は青の存在が忘れられない。結局、再び海へと潜り青との再会を果たすのだった。青との逢瀬を繰り返すにつれ、夕凪は自分がある過去を忘れていることに気がつく。すると、青は夕凪にこう告げた。「全てを思い出したら、またおいで」と。時を経るにつれ過去を思い出してゆく夕凪。彼女が忘れていた過去とは、過去に夕凪は祖母と海に溺れており、その際、祖母は行方不明になっているという内容だった。

 


過去を思い出した夕凪は…?

 


※実際は群像劇なので、サイドストーリーがたくさんあります。まだ読んでいない方はぜひ「海のなか」本編をどうぞ。詳細なあらすじは、「海のなか」のまとめ記事に書いてあります。読み直してみてください。

 

 

 

第九章「死と生の予感」

 

 

 神社の境内に座り込んで、もう何時間が経っただろう。境内に差し込む日差しはいつのまにか赤みを増していた。時計がないので、もう夕方だ、ということしかわからない。ここ最近の記憶は曖昧だ。吸い寄せられるようにここにやってきて、ただ漫然と時間を食い潰している。

 これからどうなればいいのだろう。わたしは呟くことすらなくまた同じ問いかけを重ねた。13年前の記憶を思い出してからすでに一週間が経とうとしていた。青との逢瀬はそのまま実質的な死を意味している。それでも選ぶことができるだろうか。選び続けることができるだろうか。今までは当然青を選ぶと思っていた。選ばない理由がない。彼以外に欲しいものなどない。けれど、わたしは恐れていた。初めての後悔の予感に。今まで後悔したことがない。選んだことがないから。そう。今まで選ばないことすら選んだことはなかった。今まで身のうちに抱いてきた意志とは周囲の流れ一つでひらひらと入れ替わるようなものでしかなかったのだから

 思考はとめどなく出口を塞いでいる。けれど、混沌とした頭の中でも明らかなのは、青がわたしの全てを変えてしまったということだった。

 


***

 

 

 

海辺に降り立つと、やはり潮の香りがした。吹く風はいつのまにか冷ややかさを帯びていた。実際にここを離れたよりもはるかに長い間遠ざかっていた気がした。そのくらいこの場所に立つことを何よりも望んでいた。ただ、同時に強く恐れているのもまた事実なのだった。わたしはコンクリの地面を意識すると強く蹴った。夏の日とは違う陰った色が迫ってくるーーーー。

 それきりわたしは呑み込まれ、意識を失ってしまった。海の暗い色がやけにくっきりと、目に焼き付いたのを確かめながら。

 目覚めると、見慣れた海の底を見渡した。見渡した、とは言っても日暮れの海底ではほとんど何も見ることはできない。視界を埋めるのはただ闇だけだ。そのなかで私だけが白く発光していた。いつもそうだった。青のいる場所だけが白くぽっかりと浮いているのだ。ーーーどんな時も。そこだけが切り取られ、取り残されているかのように。口から吐かれた空気があぶくとなって昇っていくのを見上げながら思う。

 そう。ここは変わらない。喧騒も雑念も何もかもこの場所立ち入ることはできない。何者も、乱すことは出来ない。

 「夕凪」

 名を呼ばわる声もまた変わらないものの一つだった。振り向くとやはり青が微笑んでいた。

 「青、会いたかった」

 「ああ。待ってたよ。ーーーー思い出したんだね」

 「青と私は会ってた。13年前に。そうでしょ?」

 既に触れてはならない部分に触れようとしていた。だと言うのに雰囲気はまるで世間話でもするかのような調子だ。それが空恐ろしくて身が竦んだ。この雰囲気を強いられているという自覚があった。

 「君たちはあの日ここにやってきた。僕の元に、ふたりいっしょに」

 言葉を重ねれば重ねるほど、目の前の笑みは深いものなってゆく。

「そして、溺れたわたしを青は助けてくれた」

「その通りだ」

 まるで幼子をほめそやすような響きだった。よく思い出したね、と。

 「でも、ひとつわからないことがあるの」

 「何が」

 「おばあちゃんは、どこに行ったのか。ーーーーーー青、知ってるんでしょう」

 決意を込めて少年を見据えた。当然、彼も同じような顔をしているものだと思っていた。わたしは自分の意志でここにきたわけではない。全ては青の導き、彼の意図に沿って行動したに過ぎない。彼はこの問いをわたしにさせたかったのだろう。そのために夢を思い出すよう促した。そういうことなのだろう、と思っていた。目の前の表情を見る瞬間までは。その顔をずっと忘れられない。本当に何を言っているのかわからない、という顔だった。

「ここにいるじゃないか」

「え?」

「君の祖母はずっとここにいるよ。わたしと一緒に。ずっとそうだったじゃないか。夕凪と僕と彼女。三人で会っていただろう。あの夏以来ずっと」

 その時、海流が乱れ、土が蠢いた。そうして土の下に白い何かが現れた。白い中に黒く穴が空いている。縁取られた黒い穴。人間の眼窩だった。骨の白は今まで目にしたどの色とも異なっていた。

 「気が付いてなかった、みたい」

 「彼女は無口なんだ。夕凪も知っているだろう」

 わたしに笑って見せてから、青の長い指が優しく白骨を撫ぜた。その仕草を見た瞬間、理解した。

 青は祖母を愛しているのだ、と。

 


***

次話はこちら。

 

 

kuromimi.hatenablog.com

 

学校司書の仕事。その3 図書管理システム導入について。

 

 

 

今年に入って、こんなご質問を学校の先生方からよく伺います。

 


「図書管理システムを導入するメリットはなんですか?」

 


と。そんなわけで、今回は図書管理システムを導入するメリットデメリットに関して語っていきたい。今回は、学校図書館限定でお届けします。

 


次回は、公共図書館におけるメリットデメリットを考えてみたい。

 

 

 

ーーーー図書管理システムとはなんぞや。ーーー

 


近年は、パソコン(インターネット上)にて蔵書を管理するのが一般的。大量の本を管理するための専用システムをパソコンに入れて管理している。そのため、従来の手書きのカードなどは一切廃止され、貸し出し返却等も全て本に付与したバーコードをバーコードリーダーで読み取ってよ行われる。一般的には、同じ市の図書室・図書館は同じ会社の図書管理システムを使用する。そうすることで、市内全体の図書の動きなどを把握しやすくなる。このメリットに関しては後述。

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

【図書管理システム導入のメリット】

 


・貸出返却をスムーズに行うことが可能。

 


・資料の状態(貸し出しかどうかなど)を検索し

てすぐに把握できる。

 


・欲しい資料を検索し、図書室にあるか確認できるので、重複して同じ本を購入しづらい。

 


・データを同じもマーク(資料一冊一冊に関するデータの集合体)から取り込むので、データにブレがない。

 


・市内に同じ本が何冊あるのかすぐに確認可能。

 


・市内で定期便が運行できれば、学校間などで資料をやりとりし、貸出することができる。(市内の図書館を一つの大きな図書館として扱うことが可能になる)これにより、結果的に資料費の無駄が削減される。ただしコストと時間の関係である程度の面積の市に限る。(市内で40分以上かかる場所がある場合は厳しいと考えられる)また、司書の兼務校数が多くとも3校以内でなければ十分な価値を発揮しづらい。(配達された資料を必要なときに受取にくい)

 


・請求記号(913ア)などが自動的に割り振られ、わざわざ調べる必要がない。また、市内である程度統一されるので、学校が変わっても仕事をやりやすい。

 


・いらない資料の除籍の処理が容易。

 


・新しく購入した本のリストを作成することが容易。

 


・定期監査資料の作成が容易。

 


・資料が重複している場合、すぐに把握できる。

 


・システム導入の際、TRCのシステムを導入すれば、バーコードや背ラベルの付与、本の保護カバー掛けなどが完了した状態で届くので、新刊受け入れの作業が短縮される。(トーハンなど他社は除く)

 


・市内の学校図書館が一つのシステムで管理されることで、他校にいても他の学校の資料状態を確認することができ、兼務がしやすい。

 

 

 

・資料予約の管理をシステムが行なってくれるので、管理がしやすい。(ただし、資料予約の運用に際しては司書がほぼ常勤であることが望ましい)

 


・資料台帳などが一切不用になる。(データ上で自動生成が可能なので、後から紙で出力することは可能。)

 

 

 

公共図書館も同じ管理システムを使用している場合は、学校のシステムから直接公共図書館の本に予約をかけることができる。これと同時に図書運搬の定期便も確立されていれば、なお良い。

 

 

 

 

 

 

【図書管理システム導入のデメリット】

 

 

 

・システムによって全ての図書を管理するため、新刊の受け入れ作業をはじめとした司書業務の専門性が増す。これにより、業務を司書以外が代行することが難しくなる。

 


・ある程度ITに関する知識がなければ扱えない。

 


・システムに不具合が起こった場合、全機能が利用できなくなる場合がある。また、その修復も専門業者でなければ行うことができない。

 


・返却や貸出に於いて、バーコードのスキャンミスが発生した場合、データ上は貸出になっているのに、実際には貸出されていないなどの齟齬が発生する場合が散見される。(対抗策として、バーコードスキャンの2度打ちなどがあるが、完全とは言えない。)

 


・新刊の受け入れ作業においては楽になるわけではない。むしろ手間は増える。(そのかわりデータの正確性・統一性が増す)

 


・市内の学校全ての学校図書館が同じシステムで繋がっているため、作業中にうっかり他校のデータを改竄してしまう場合がある。

 

 

 

 


・他校のIDでログインした状態で貸し出しなどの処理を行うと、不正なデータが発生してしまう。

 

 

 

 

 

 

 


さて。図書管理システムのメリットデメリットは以下の通り。

 

 

 

うちの市では今年から実は学校図書館での図書管理システムが本格始動となったのですが、正直なところ学校側には不評。

 


なぜか。

 

 

 

司書がいない時が多すぎるからだっっっ!!!

 


ひどいところだと、月に2回程度しか司書がいません。ありえん。

 


デメリットにも書きましたが、図書管理システムを導入することによって専門性は増すのです。なので、誤解を恐れずいうのであれば、司書の仕事は大変になることはあっても楽になるわけじゃない!!!某小学校の校長先生がこの点を勘違いされていて。

 


校長「クロミミ先生、書架整理をして欲しい。ひどい状態だから」(いろいろあって前年度に図書室の間取りが変わって本の場所がぐちゃくちゃ。クロミミは今年度から着任)

 


クロミミ「わかりました。確かに私もその点は気になっていました。でしたら、ブックトークのお時間を減らしていただけませんでしょうか。でなければ、今年度中に終えることは難しいです」

 


校長「そこは努力次第でしょう」

 


クロミミ「いいえ。月に2回しか来校させていただけませんので、現状では厳しいと考えます。できる限りのことはさせていただきますが…。現に、新しい本の受け入れ作業があったときなどは限界まで作業してやっと仕事が終わります。」

 


※在校中の3分の2程度の時間は図書の授業と本の回収に費やされている。他にも新刊の受け入れや委員会の本の選定、除籍作業などで後の時間は大体食い潰されてしまう。

 


校長「図書の受け入れなら、前にわたしもやったことがあるけれど、そこまで時間はかからなかったよ?」

 


クロミミ「校長先生。失礼ですが、それはシステム導入前のお話ではないでしょうか?おそらくシステム導入後は先生がご存知の頃より新刊の作業に時間と手間がかかるようになっているはずです。(新刊の展示なども含めると)新刊作業は1日仕事と言わざるをえません。図管理システムのメリットは司書業務の簡便化とは別のところにあります。もしも、残業の許可をいただけるのであれば、可能ですが。いかがでしょうか。」(なぜかこの学校は残業を極端にさせない。ていうか定時と同時に追い出される勢い)

 


校長「わかりました。できる限りで構いませんからひとまず作業を進めてください。残業はしない方向で」

 


クロミミ「了解しました」

 

 

 

とまあ、こんなことがあったのです。もちろん校長先生のお気持ちもよくわかります。図書室のこともよく見てくださっていますし、私としても図書室は是が非でも整えたい。ですが、できないことがわかりきっていることを出来ます、とは言えません。

 


では、何が問題か。人事に問題があります。システムを導入した時点で、本来なら兼務をすべきでない。いや。兼務を少なくとも減らすべきなのです。4校、5校を兼務していては支障があります。

 

 

 

なぜか。

 


前述した通り、専門性が増すのです。

こうなってくると、システム導入のメリットを十分に引き出すことができず、司書がいないにもかかわらず、専門的なシステムを扱わなくてならなくなったデメリットばかりが目立ちます。

 

 

 

だからこそ、司書たちにも「システム導入のメリットとは?」という問いが投げかけられるのです。

 

 

 

だからこそお願いしたいのは、システム導入と共に人員を増やすこと。せめて一人3校兼務までに収まるように配置されることが望ましいでしょう。そうすれば少なくとも週に一回は、司書がいることができるようになるはずです。

 

 

 

学校図書館関係者、並びに市教委関係者の皆様方におかれましてはこの点を重々ご理解いただき、人事への働きかけをよろしくお願いします。

 

 

 

それではまた次回。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校図書館司書の仕事 その2 蔵書整理編

 

 

 

どうも。

クロミミです。

 


今回は学校図書館司書の一つのお仕事に絞って詳しくご紹介。

今回から少し専門的なお話になります。

 


なかなかどんな仕事をしているのか分かりづらい部分が多い司書という仕事。この機会に知っていただければ幸いです。

 

 

 

今回取り扱うのは「蔵書整理」

 


一口で言うと、蔵書を並べて整え、利用しやすくすること、です。

 


なんだただの整理整頓じゃねーか。と思ったそこのあなた。舐めてんじゃねぇぞ。

 


これが難しい。

そしてめちゃめちゃ大変。

 

 

 

どうして大変なのか、これから丁寧にご説明しましょう。(目を見開く)

 


さあ。この蔵書整理ですが、もちろん学校司書だけでなく公共図書館司書にも共通してある業務です。

 

 

 

では、学校図書館司書と公共図書館司書

 


なにが大きく違うでしょう。

 


それは、自分の裁量で決められる範囲が違う。この点が大きい。皆さんがイメージされる図書館を思い浮かべてください。どの図書館でも当たり前ですが、背表紙に書いてある「番号や記号」の順に並んでいることが少し見ればわかると思います。

 


すでにご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、本の背表紙に貼ってあるシールに書いてある「番号や記号」はその本の大まかな内容を表しています。専門用語では「NDC」と呼びます。

 


例えばベタな例でいくと、

 


913 ア

 


これは日本小説文学に付与する背ラベルの内容です。

 


9→文学

1→日本文学

3→小説文学

 


といった具合。ちなみに「ア」は作者の頭文字を表しています。

この背ラベルをみて、司書は本を元の場所に戻し、管理しているのです。だからこそ、みたことのない本でも直ちに探し当てることができるのですね。

 

 

 

つまり、この背表紙のラベルを付与するところから、蔵書整理ははじまっていると言えます。

 

 

 

ここで一つの仮定をしたい。

 


例えばある学校図書館に学校システムが導入されておらず、かつ、月一しか司書が来ない状態が何年も続いたと仮定しましょう。(しかも毎年やってくる司書は変わる)

 

 

 

何が起こると思いますか?

 

 

 

背ラベルの付与が統一的に行えなくなるのです。

 


これは最も困る。なぜならこの背ラベルの内容をみて司書はどのように本を配架するか決定するのです。どこまでに3類(政治)の本を置いて、どこまでに2類(歴史)の本を置くか。当然ですが、決定しているのは学校司書自身です。

 


それなのに、背ラベルの内容がブレブレでは整理することすらままならない。統一的に背ラベルを付与することは急務であると言えます。

 


わたしは、図書システム導入の最大のメリットの一つはこの点にあると考えています。複数の学校を司書が兼務しているなら尚更です。

 


なぜなら、本の受け入れ処理を行う際に背ラベルを「マーク」と呼ばれる本の情報の集合体から自動で付与するようになるからです。

 


少し分かりにくい説明ですが、学校に図書システムを導入する(貸出をパソコンで行うようにする)と自動的に背ラベルのNDCも統一的に付与することができるようになる、とご理解ください。

 

 

 

また、システム導入のメリットデメリットについては後日お話ししましょう。

 


では、話の続きです。

 


仮にこのような過程を経て、背ラベルがきちんと一定の基準に基づいて付与されたとします。ここからやっと本格的に資料整理が始まるわけです。

 


NDCはざっくりと内容によって0から9の類に分けられます。

 


まずはこの九つの分類に全ての本を選り分ける。これがまあ、骨が折れる。

 


これが終わったら、今度は作者の名前ごとにあいうえお順に並べます。

 


このとき、「あ」の本を探すのではなく「あ行」の本をまず探す→そこからアイウエオ順に並べる→本棚に並べる

 


の作業手順が早くできます。参考までに。

 


全ての本が並べて終わったら、案内を作ります。特に九類。

 

 

 

ファイルに「913ア」などと書いた紙を挟み込んで、それを差し込むだけで案内は出来上がります。このような表示を作るだけで書架は格段にみやすくなります。

 


この際、

「戦争を扱った絵本」などは分けて置いておくとわかりやすいです。

 

 

 

さあ。

全ての本を並べ終わりました。

 


無論、これで終わりではありません。

 


この綺麗な状態をずっと維持し続けなければならない。毎日毎日並べ直し、整えて、外に出た栞(ひも)は中にしまい、倒れた本があればブックエンドで抑える

 


これを繰り返しながら、変えるべき点があれば変えてさらに使いやすい本の並べ方を目指す。

 


常に並べ直さなければ、本を探そうとした時容易に見つからなくなってしまいます。だって、あると思った場所にないんだもん。

 


もしも、あなたの学校の図書室で本が探しやすいとしたら、その裏には想像を絶するほど地道な司書の絶え間ない努力があるのです。

 

 

 

さて。いかがだったでしょうか。

 

 

 

以上の作業をたった一人で少なくとも5000冊以上ある本に対して行います。現在担当している学校のうち2校でこうした作業を行なっていますが、月に2回の来校のせいもあって半年経った今も終わらないのが現状です。

 


気が遠くなってきますよね。

 

 

 

でも、これが一番大切。そう思ったので、今回一番最初にお伝えしました。

 

 

 

次回もお楽しみに。

 

司書による、楽しい読書のすすめ。

 

どうも。クロミミです。

最近他の司書さんの書いている文章を読むのにハマっているのですが、noteで気になった記事がありました。

 

 

その記事の中で、「もともとゆっくり読むのが好きで、作業的に読むことに疲れて本を読むのが嫌になった」

 


と言うような内容があり、引っ掛かりを覚えたのです。

 


元々読むのゆっくり→わかる!!

 


作業的に読むのに疲れて読書が嫌に→????

 


という感じで、脳みそがフリーズした。

いや。言っていることはわかるし、そうなるのが自然なような気もする。

 


わたしも元々読むのがゆっくりで、自分で読む本(漫画除く)は月に4冊くらい。月初めから始めて大体4冊並行くらいで読んだりする。

 


ただ、司書という仕事において、ゆっくりと時間をかけて読書することはできません。わたしも週にそれこそ100冊はくだらない本に目を通しています。

 


あらすじをつかみ、その本をどのように魅力的に紹介するか。司書という仕事はそれを常に考え続ける職なのです。

 


しかし、ここで疑問が生まれます。でもじゃあ、なぜわたしはいわゆる「作業的に読む」ことを嫌だと思ったことがないのだろう、と。

 


それはきっと、わたしが古本屋通いをしていたことに起因するでしょう。

 


わたしは人生の大半を図書室か本屋か古本屋で過ごしてきた人間ですが、特に古本屋によく滞在していました。

 

 

 

古本屋に置いて、なにをするのか。

 


無論本を読むのです。

 


立ち読みで。←おい

 


オタク友達とはよく連れ立ってブックオフをはしごして一日中立ち読みしていたものです。

 

 

 

さて。ここで重要だったのはいかに早く、その本(もしくは漫画)の内容を把握するか。読み味わっている時間などありません。めざとく「おもしろい」本に出会い、手に取り、読んで精査し、お小遣いの範囲で買える冊数まで絞り込まねばならない。

 


親に連れて行ってもらった時など、十分程度しか滞在が許されないこともままありましたから、もはや戦争です。

 


なので、いつのまにかジャケ買いの勝率が激高になっていました。多分8割行くと思う。なんかおもしろい本って面白いオーラというか匂いが見えるよな。

 


そんなわけで、速く読む時もあれば、ゆっくり読む時もあるのです。

 


もちろん、ゆっくり読んだ方が味わえるし記憶にも残りやすい。とっても素敵で贅沢。

ゆっくり読む時は以下の手順を踏みます。

 


好きなだけゆったりと読む→気に入った文章を書き出す。→声に出して読んで、どこが好きなのか考える。

(以下ループ。ちょうたのしい)

 


対して速読というのは一種のゲームなのです。

 


いかに自分の情報処理速度をあげられるか。また、いかにその物語の本質やあらすじを素早く自らの言葉に変換できるか。これはそういう遊び。

 

 

 

速読も遅読も面白いので、両方できれば2倍楽しいですね✨

元々本のあらすじだけは頭に入る質なので、どっちの読み方でも大体何年も覚えています。

(他のことは全体的に忘れっぽいけど)

 

 

 

 


こんな感じの経緯を経て読書好きになったので、「作業的に」読むのもやりようによっては結構楽しめる。そんなふうに思う今日この頃でした。

 


追伸

 


ていうか、大量の本を好きなだけ触って眺められるだけで人生の幸福指数大体爆上がりだから問題ないと言えばない。

公共図書館司書ってこんな仕事。 その1

 

 

どうも。ご無沙汰してます。

クロミミです。

 


いやはや。休みは多いはずの今月、なぜかバテバテでやばかったです。連載小説もネリネリだけはしているのになかなか形にならず。終わりまで見通しを立ててから書きたいところなので、まだしばらくかかりそうです。

 

 

 

さて。

 


以前こちらの記事を書きましたが。

 

 

 

kuromimi.hatenablog.com

 

 

 


今回は公共図書館司書のお仕事についてざっくりとまとめてみたいと思います。

わたし、今は学校図書館で働いてますが、実は去年までは公共図書館で働いてたんですよね。

 

 

 

●カウンター業務

●書架整理

●予約受付

●予約連絡

・レファレンス業務

・イベント関連業務(お楽しみ会・朗読会など)

・コーナー展示作成

・督促業務

移動図書館

財務会計処理

・図書の発注

・図書の選定

・事務用品の発注

・学校関連事業の日程調整

・クレーム対応

・統計報告

・業務シフト作成

・当日シフト設定

・交通費処理(学校図書館司書)

・不明本探索

・弁償

・寄贈

・簡易な清掃

・来客対応

・電話対応

・館内見回り

・本の除籍と廃棄

●新刊の受け入れ

●取り寄せ資料の処理

・取り寄せ資料の返却(梱包)

・県外からの取り寄せ依頼対応

・おたより作成

・イベントの広報

・文書整理(回覧含む)

・公用車の手配

・複写依頼

・公共施設への長期貸出

・定期監査準備

・図書の補修

 

 

 

ここからは特殊です。実は色々と兼務していることもあるんですねぇ。

 


●学校司書業務

●図書管理システム登録作業

 

 

 

もしかしたら、忘れているかもしれませんがこんな感じかな。

 


これを任用職員さん(非正規)と正規職員で行います。

●→任用職員が主に担当

・→正規職員が主に担当

 


ちなみに、この職域の仕分けは個々の図書館で相当違いがあると思うので、参考程度に考えてください。

 


こちらはあくまで昨年までわたしがいた時の状態を書き出しています。今年になって人事がガラッと変わりましたから、また色々と変化しているはず…。うちの図書館のトップは図書館長ですが、どこの図書館でも図書館長は再任用などの臨時雇が多いです。ですので、実質的なトップはうちの場合「主幹」と言うことになります。(係長の上、課長≒主幹?この辺りはわたしもまだ掴みきれていない。)

 


これはあくまでうちの図書館組織の話なので、大きな市立図書館だとさらにさまざまな役職の方がいるはず。大きな図書館だと全員で100人を超える人を雇用しています。

 

 

 

うちは全員合わせて十二人とかかな?

 


そのうち正職員は四人です。

 

 

 

次回からはさらにひとつ一つの業務について深掘りしていきます。

 

 

 

お楽しみに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本をなぜ愛するか、と言う問題。

f:id:KUROMIMI:20220916172155j:image

 

 

 

もう既にご存知の方もいらっしゃるかとは思うが、私は司書を生業としている。

 


色々あって今は、学校図書館司書だ。

 

 

 

今日、三つある兼務校のうちの一つで働いていると、小学生にこんなことを尋ねられた。

 


「どうしてそんな本を大切にするの?」

 


と。

 

 

 

私は言葉に詰まった。なぜならそこに理由なんかなかったから。

 


私にとっては「なぜ飯を食い、排泄するのか」と問われるのとほとんど変わらなかった。

 

 

 

そこに理由などない。

「読書」は生きると言う行為と直結している。

 

 

 

いつから始めたかも、いつから好きなのかもわからない。「本を読む」という営みに対して抱く自分の感情を好きと呼んでいいのかすら、私にはわからない。

 


だから、あえて言うなら

 


こう言うことになる。

 


「生きていくのに不可欠なものだから」

 


と。

 


人生そのものを、趣味とは呼ばない。

 

 

 

だから私の趣味は読書ではないのだ。