KUROMIMIには本が足りない。

KUROMIMIには本が足りない。

活字がないとダメ系ヲタク。小説・音楽・詩・ときどき映画。自作の小説も書いてます。

連載小説・「アキラの呪い」(3)

 

 

 

前話はこちら。

 

kuromimi.hatenablog.com

 

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 姉をそのカフェで見つけたのは、誓って言うが偶然だった。そもそも大学近くのそのカフェに足を運ぶことすら久々だったのだ。普段行きつけのカフェはまた別にあったわけで。

 ていうか、なんでこんな言い訳じみたことを俺が言わなきゃならないんだ。むしろ俺は晶を救ったのだから礼を言われて然るべきだろう。…いや。あり得ない想像をしてしまった。あの件に関して怒り狂って俺の首を絞めることはあっても、あいつが「ありがとう」と口にすることなど、まずないだろう。姉は自分の行動を制限されることを極端に嫌う。地雷を踏み抜いた自覚はあった。目覚めたあの場で一発殴られなかっただけでも、奇跡みたいなもんだろう。

 ともかくも俺はあの日、偶然姉と同じカフェに居合わせたのだ。先にいたのは晶の方だった。あいつは奥の方の席に陣取り、文庫本を手にカフェオレを飲んでいた。見つけた瞬間、まずいことなったと思った。万が一にもかち合えば、嫌な顔をされるのは目に見えていた。そんなわけで俺はできる限り小さくなっていることを決意した。目の端で何度かあいつを捉えながら、注文したブラックコーヒーと一緒にスコーンを齧る。スコーンは甘すぎて、後悔することになった。まあどちらにせよ晶のせいで終始気もそぞろだったから、大した問題ではなかったが。最終的に血のつながらない姉を意識しまくっている自分にイラつき始めた頃、晶が席を立った。俺は不運にも出口近くの席に座っていた。そこしか空いていなかったのだから、仕方がない。奴に見つかりやしないかと内心ハラハラしていたが、そんなものは余計な心配だった。あいつはほぼ真横を素通りし、気がつく素振りすらなかった。それはそれで複雑だと思ったのも束の間、アキラの手首に切り傷を見つけたのはその時だった。それが所謂リストカット跡なのは明らかだった。傷は横に深く手首の内側を切り裂いていた。よく見ると傷は幾つかある。視線がそこに縫い止められてしまったかのように動かせなくなる。そうしているうちにもドアベルがカランと鳴り、姉は店を出て行った。その足取りのやけに軽いことが気にかかった。思えば晶の行動は今日ずっとおかしかった。普段ならこんなカフェに来ているはずはない。出不精な姉はそういうことをめったにしない質だった。しかも、上機嫌だと?あり得ない。あの不機嫌がデフォルトの人間が?考えを巡らせる俺の耳にイヤホンからこんな歌詞が流れ込んでくる。

 


”最後のリボンが指を使わずほどけたの あぶくのように”

 


 ゆらゆら帝国の「ドックンドール」だった。ゆらゆら帝国はもともと晶の好きなバンドだった。この歌詞を聞いた瞬間、俺の中で何かがはまる感じがした。姉の軽やかな足取りは、この歌のような危うさを孕んでいたのだ。それこそが違和感の正体だった。悪い予感が加速する。気がつくと俺は勢いよく立ち上がり、店を出ていた。確実に晶に会う必要がある。あいつの行き先は知らないが、一人暮らし先くらいは把握している。俺は焦りに滑る指でなんとか住所検索をかけると脇目も振らず駆け出した。目的地は徒歩でたどり着ける距離にあるはずだった。イヤホンは相変わらず音楽を流し込む。曲は移り変わり、いつのまにかゆらゆら帝国の「アーモンドのチョコレート」になっていた。

 


“あいつは二度と戻らない  友達いればそれでいい さあみんなで乗ってこうぜ”

 

 

 

***

 

 

「アキラの呪い」(4)へとつづく。

 

 

次話はこちら。

 

 

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