KUROMIMIには本が足りない。

KUROMIMIには本が足りない。

活字がないとダメ系ヲタク。小説・音楽・詩・ときどき映画。自作の小説も書いてます。

連続小説・「アキラの呪い」(2)

 

 

 

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 8月の夕方は日暮れとは言ってもまだまだ蒸し暑い。うんざりするような暑さだが、俺は夏が一番好きだった。全てのものが色を取り戻し、生き生きと輝きを増して見える。そういえば晶は夏を忌み嫌っていたな、と歩みを緩め、傾き始めた太陽を見やって思う。曰く、全てが鬱陶しいらしい。自分が流す汗も、照りつける太陽も、むせ返るような色彩も。ならばどの季節が好ましいのかといえば、答えは簡潔で「冬」と断言した。なるほどいかにも晶らしい理由と答えだ。あいつは面倒や束縛を殊更嫌う。夏の熱気は押し付けがましくうるさいものだっただろう。

 ところで俺がどこに向かっているのかといえば、晶の下宿先だった。そう、我が姉上が自殺未遂を図った一室だ。あの日からはすでに一週間以上が経過していた。あの日強請った約束を履行するため、この炎天下に歩いているのだった。本当はもっと早い時間にするつもりだった。けれど今日は不運にも、大学の講義が詰まっていた。俺の右手にはそこそこの重量のビニール袋が握られている。中身は夕食の材料だった。晶に夕食の準備は期待できない。それはあいつの家事スキルが残念というのもあるが、何より俺が働いていなくて、あちらは働いているからだった。三個年上の姉は今年会社員として働き始めたばかりだ。あいつの性格なら、食事がおざなりになっていることは間違いない。いままでは嫌がるのを察して何も手出ししてこなかったが、この機に一歩踏み込んでみることにした。だからあながち嘘じゃない。あの時言った「生存確認」という理由は。新卒は大変だと聞くが、見る限り晶にさしたる変化は無かった。家族も俺もそれを見てひっそりと安心していたところに、自殺未遂だ。正直面食らった。このタイミングでまさか、と。というのもあいつが自殺しようとすること自体は、実は俺にとって意外なことではなかった。晶は昔から厭世的でニヒリストだった。もっと言うなら可愛げのかけらもないガキだった。ずっと生きる楽しみや意味を見つけられないように見えた。なぜ、晶は自殺しようとしたのだろう。もしかしたら、明確な理由なんてないのかもしれない。覗き込んでも、そこには果てしない暗闇が座しているだけ。晶もよく言っている。「世間はなんでもかんでも理由を求めすぎる」と。ならばあいつはただ、死にたかったのだろう。だからあいつが病室で目覚めるまでの間、必死に考えた。晶を生かし続ける方法を。そしてやっと辿り着いたなけなしの案がこの定期訪問だった。まったく頭が足りないにも程がある。ありきたりすぎて我ながら悲しくなるほどだった。

 「…困ったな」

 思わず声が漏れた。理由があるならその理由を取り除けば死は防げる。だが、理由がない場合は?どうやって死を妨げればいいのだろう。今まで誰もあいつの生きる意味にはなれなかった。そして、これからもきっとそうなのに。自殺未遂はその証だった。急にどこかからか、虚しさが溢れて握り込んだ手が震えた。あの日、晶が死んでしまっていたら。それは考えるだに身の毛のよだつ想像だった。あの性悪が居なければいけない理由はどこにも見当たらないのに、俺はそれをどうしても許容できない。

 晶が自殺したあの日もそうだった。どうしても放っておけず、挙句ストーカーのような真似まですることになってしまったのだから。

 


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「アキラの呪い」(3)へとつづく。

 

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