KUROMIMIには本が足りない。

KUROMIMIには本が足りない。

活字がないとダメ系ヲタク。小説・音楽・詩・ときどき映画。自作の小説も書いてます。

小説・「海のなか」(24)

 

前話はこちら。

 

 

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***

 

もう秋になり始めた頃のことだった。秋といってもまだまだ残暑は厳しい。言い訳のように頭上では鱗雲が透き通り、もう秋だと主張していた。

 放課後を俺はまた愛花と過ごしていた。この頃は帰りが一緒になると、アイスを交互に奢るのが習慣になっていた。涼しい店内に人は少ない。昔からある有名な店だが、テイクアウトして外で食べるのが主流なせいかもしれない。奥の席を選べば、話を聞かれる心配もない。俺たちにとってはちょっとした穴場だった。頬杖をついて舌先でアイスを舐めながら、愛花は気怠く言った。

 「変な噂立てた奴、誰なんだろ。マジで迷惑」

 「なに、また告白でもされた?」

 「いや。一馬と付き合ってんのか聞かれた。まあ、否定したけど」

 「ふぅん」

 自然、卑屈な声が出る。なぜこんなことを直接聞かされなければならないのか。自分の立場が情けなさすぎる。

 「なかなか飽きないよな」

 「暇なんでしょ。くだんない」

 腹立ち紛れに愛花は吐き捨てると、アイスのコーンをバリッと噛み砕いた。俺もそれに釣られてアイスを舐めるが、味がしない。ずっと、口の中を空回っている言葉があった。

 「あたしを消費しようなんて、100年早い」

 舌打ちでもしそうな様子で毒づく愛花は、恐ろしくて、美しい。『きっとみんな、お前のことが好きなだけだ』そういってやるつもりだったのに、出てきたのは全く別の言葉だった。

 「なあ。告ってきたやつの中にいい奴、いたか」

 「ないない。今までほとんど話したこともない子ばっかりだったもん。あれでわたしのこと好きって。……笑っちゃうよね」

 「なんで」

 「あいつらが好きなのは、妹尾愛花って言う偶像。あたし自身じゃない。あたしを知ってる奴なんて……」

 『いない』

 末尾は皮肉なせせら笑いにかき消えていった。その笑みは中学生の浮かべるものでは到底なく、俺は身震いした。触れてはならないものに手を伸ばしてしまったときのような妙な高揚がある。そう思ったら血が沸騰して訳がわからなくなってしまった。どうやら俺には良くないものに惹かれてしまう質があるようだ。そこから先の言葉は自分のものだと自信を持って言えない。だからこそあんな大胆なことを言えたんだろうが。

 「愛花。ひとつ提案がある」

 「なに、急に」

 「俺たち付き合ってみない?」

 愛花の瞳は大きく見開かれ、俺を射抜いている。その中に小さな自分が映り込んでいるのが見えた。

 ーーーああ。ぞくぞくする。この瞳は俺のものだ。

 「え、なに。一馬ってあたしのことが好きだったの?」

 「そうだよ。だから今まで一緒にいた」

 次の瞬間、愛花の瞳は揺らいで戸惑いと、そして失望に染まった。『裏切り者』この心地よさをあんたは手放す気なのか。あんたもあたしを裏切るのか。俺は目を伏せてそれに答えた。

 手放さないために、お前を裏切る。

 「愛花が俺のこと恋愛対象として見てないなんて、わかってる。だからさ」

 俺は少し間を空けて言葉を繋いだ。

 「フリでいいんだ」

 「……ふり?」

 愛花はまるでその言葉の意味が分からなかったかのようにおうむ返しした。俺は立ち上がると、席に座ったままの愛花を見下ろして、残りのコーンを全て放り込み噛み砕いた。口内で激しい音がする。すべてを打ち壊すような音。まだ大きな塊を無理矢理飲み下すと、喉が痛んだ。

 「そう、付き合ってるふり。俺とほんとに付き合ってるって言いふらせば良い。友達多いんだしすぐに広まるだろ。そうすりゃ噂も消える」

 ーーーそして別れれば、元通りだ。

 とまでは言えなかった。そこまで無感覚にはなれない。例えそれが最善だとしても。

 「それで、一馬はいいの」

 「いいよ。これでお互い楽になるだろ」

 これが今まで続く長い後悔の始まりだなんて、その時は思ってもみなかった。愚かだ。本当に。この嘘は破れない。決して解けない呪いのように。俺の想いはこうして嘘になる。ーーーただ傍にいたかっただけなのに。他ならぬ俺が変質させてしまった。

 窓の外では、俺を責めるかのように晩夏の冷たい夕暮れが訪れていた。

 


***

 

海のなか(25)へとつづく。

 

 

次話はこちら。

 

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