KUROMIMIには本が足りない。

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活字がないとダメ系ヲタク。小説・音楽・詩・ときどき映画。自作の小説も書いてます。

ジェンダーの消えた世界で

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フェミニズムは気持ち悪い、と昔から思っていた。

 

同じようにマスキュリズム(男性に対する性差別撤廃を目指す考え方)も気持ち悪いと思っている。


最近特にフェミニズムを意識することが多くなった。

書籍を見ても「世界を変えた100人の〜」というものを近年多く見かける。大体そう言う書籍は「女」に限定された偉人たちが選ばれている。

 

このような書籍の登場は、女性の地位向上やマイノリティーな属性を持つ人々の存在に、注目が集まっている世相を反映しているのだろう。

 

だが、わたしは思うのだ。

 

男が優位な社会だからと言って、女性の地位向上を叫び続けるだけでは、いずれ逆転現象がおこるだけではいのかと。


男尊女卑が女尊男卑に入れ替わるだけではないのか、と。

 

無論、こんな議論は今までにし尽くされていることは知っている。だが、それでもわたしにはフェミニズムのような考え方に違和感がある。

 

わたしは女だからと言って丁重に扱われることを望んだことなどない。だからといって女だからと軽んじられる覚えもない。


わたしはただ、フラットでいたい。


わたしの望む社会とは、ジェンダーの失われた社会なのだ。

 

皆が男であるか、女であるか、その中間であるかまた、それ以外であるかを全く意識することなく振る舞う世界。ただ、肉体的性差のみが存在する世界。

 

そう言う世界でなら、わたしは心地よくいられるのだろう。

 

おそらくはフェミニズムやマスキュリズムもそのような世界を目指してーーー「男女平等」目指して生まれた思想なのだろう。

 

きっとこの文章を、フェミニストなどが読めば

 

今はまだ男女が不平等だからそのように感じる。平等になるためには、まず女性の地位向上を目指す必要がある。

 

と言うかもしれない。

だが、それで本当に「ジェンダーの喪失」に到達できるのだろうか。

 

わたしはそれを考えるたび、胸の悪い予感がするのだ。このままでは理想に遠く及ばぬ、別のものが出来上がってしまうのではないか。意趣返しのような新たな差別が生み出されるだけではないのか。


フェミニストやマスキュリニストは、平等になったその先をどう考えるのだろう。


わたしの理想と彼らの理想は全くの別物なのだろうか。


わたしは「ジェンダーの消えた世界」に到達するための術を知らない。

もしもそれを知る人がいるなら、それは世界を変える人なのだ。

 

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「役立つこと」は揺るぎない価値か?

 


「役立つこと」は揺るぎない価値か?

 

 

 

先日私は「読書の効用」についての投稿を描きました。その際に、こういうことに役立つよ〜。こんなことができるよ〜。って描いたわけなのですが。

 


今回はそんな論の根幹を揺るがすような話をしたい。

 


私は昔から、これやっとくと役に立つよ!と言われても全くピクリともこないタチだった。

 


「で?役に立つから、なに?」って感じ。

 


そう。役に立つというセールス文句はほぼわたしには意味がないものなのです。

 


私が何かをするのであれば、それは得をするからではない。ただただ「楽しそうだから、面白そうだから」。もっというのであれば、私は何か外的要因によって「私が何を選ぶのか」を左右されることを許せない。

 


多分、私と同じ感覚で何かを選ぶ人もいるのではないでしょうか。

 


では、なぜ先日の読書論投稿を〜に役立つという観点で書いたか?

 


世の多くの人が、行動の結果得る具体的な利得を重要視していることを私は知っているからです。

 


ただし、実際のわたしが読書を愛する理由とは食い違う。

だってわたしは得があるから読書をするわけじゃない。

理由は単純、ひたすら面白く楽しい行為だから。その一点に尽きるのです。

 

 

 

それでは、あの投稿で描いた読書の利点は嘘だったのか?と言われると絶対にそんなことはない。

 


楽しくて読書をつづけていたら、私はできることがいつのまにかたくさん増えていた。それらをわかりやすくまとめたのが、あの文章なのです。

 

 

 

だから実際には

 

 

 

利点がある→読書をする。

 


読書をする→能力が身に付いていた。

 

 

 

なのです。

 

 

 

結局何がいいたいかというと、読書は得なんか無くてもやりこめば、めちゃくちゃ楽しい行為だということです。

 

 

 

ただ得があるからする、なんて勿体無い!

 


是非読書そのものの面白さを発見して欲しいのです。

小説・「海のなか」(27)

 

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前話はこちら。

 

kuromimi.hatenablog.com

 

 


第八章  「夢中と現実」

 

 

 

 


 瞼が上がると、「ああ、これは夢だな」という冷めた自覚が生まれた。飽きるほど繰り返した夢だった。

 夢の中で、わたしの胸は締め付けられるように苦しい。目の前には残酷なほど美しいブルーが広がっている。口から吐き出された水泡がゆらゆらと漂うのを目で追った。

 青と再会したあの日から、毎夜海に溺れる夢を見た。いつも同じ夢だ。そして、苦しい夢だった。

 夢は夜毎妙な生々しさを伴ってわたしの中に舞い降りる。現実の海底で得られる青の優しさが現実味を欠けば欠くほど、夢は追い立てるように色濃く細密に迫ってきた。

 ふと、水中の息苦しさも忘れて視線を横へ向けた。ーーーいや、向けようとした。何かに頬が触れてそれ以上顔を動かすことができない。触れたそこからは確かな体温と拍動を感じた。青にはないものだ。気がつくと、誰かの腕でわたしは力一杯抱きしめられているのだった。苦しいのはそのためだ。よく目を凝らすと、身体を包むその手には深い皺が刻まれ、幾分骨張っている。手の甲には血管の青白い跡が見える年老いた腕だった。

 一目見て、この腕をわたしは知っている、と思った。懐かしい腕だ。

 けれど、思い出せない。

 『思い出してはいけない』

 頭の中で唱える声した。

 ああ。これ以上はいけない。行っては、いけない。

 『絶対に手を離しません』

 幼児(おさなご)の声がして、そこで意識は暗転した。

 


***

 


 目覚めると、夢そっくりに息があぶくとなって昇っていく。海面は暗い。ここへ来た時は夕暮れだったのに、もうすっかり夜になったようだ。額に載せられた冷たい手に右手を重ねると、声が聞こえた。

 「起きたのかい」

 わたしは重ねた手の滑らかな肌触りを味わいながら、またゆるりと瞼を降ろした。今は気怠いこの瞬間を味わっていたい。青の冷たい膝の上でゆっくりと寝返りを打った。

 「うなされていたみたいだね」

 青は答えを急かすことなく、指でわたしの髪を梳いている。再会した時からそうだった。青はわたしの髪に触れたがった。まるで家族が娘にそうしてやるように。

 頭を触られていると、気持ちよくていつも眠ってしまう。今や、この場所ほど深く眠れる場所をわたしは他に知らない。青の手に触れている時だけは安心できた。彼の優しさを確かなものだと錯覚できたから。

 「夢を見てたの……」

 発した声は広がって、どこかへと吸い込まれていった。

 「どんな夢?」

 「あまり、思い出せないの。でもこんな海のなかだった気がする。とっても苦しくて、それで…」

 後の言葉は続かなかった。目覚めた瞬間にはたしかに覚えていたものは、知らぬ間に闇に紛れてしまった。後には「夢を見た」ということと海の青だけが残って、記憶の上澄みを漂っていた。

 「それで?」

 青はわたしの顔を覗き込んで先を促した。見上げると、まともに目があった。この人はあの夢に出てきたのだろうか……。

 「わからない。思い出せない。いつも」

 言いながら、思い出せなくていいような気もした。夢の余韻に怯えの気配を感じたから。

 「いつも?何度も見る夢なのか」

 「同じ夢を見たってことだけ、覚えてる」

 「ねえ、夕凪」

 「なあに?」

 仰向けで見上げた青の前髪は海流に弄ばれてふわふわと遊んでいる。その下の目は今まで見たことのない、光を湛えてわたしを見つめていた。

 「夢を忘れない方法を知っているかい」

 「夢を……忘れない」

 おうむ返しするわたしの輪郭に青は優しく両手を添えた。それだけでもう身動きが出来なくなった。見据える瞳はまだ妖しい光を宿したままだ。

 「夢日記をつけるんだ」

 青は囁いた。

 妖しさに魅せられて呼吸もできない。気がつくとわたしはまた、おうむ返しをしている。

 「夢日記……」

 「そう、夢日記。枕元に紙と書くものを置いておくといい。目覚めてすぐに、書けるように」

 青はそこまで言うと、またわたしの頬をそっと撫ぜた。触れられたそこから総毛立つような感覚に襲われ、わたしは目を見開いて硬直する他なかった。

 「繰り返せば覚えていられるようになるよ。全て思い出したら語っておくれ。待っているから。何度も見るってことは、きっと君が覚えておくべき夢なんだ」

 歌うように語りかけながら、繰り返し繰り返し青の手は私の額を往復する。その動きに合わせて、また瞼は重くなっていった。

 あの日、どうやって帰ったのかをわたしはどうしても思い出せない。ただ一つ、思うことがある。

 


 ーーー青。

 あの人はやはり、私にとって「恐ろしい」ものなのだろうか。と。

 そんなふうに、ふと、初めて出会ったあの日を思い出してしまうのだ。

 


***

 

 

海のなか(28)へとつづく。

 

次話はこちら。

 

 

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小説・『海のなか』(26)

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前話はこちら

 

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***

 


 今宵も13年前のあの日のことを語らなければならない。忘れないために。そして、叶えるために。

 13年前、あなたはあの子を抱えてここに降り立った。あの時の光景は今でも色鮮やかだ。時を切り取り保存する術があるなら、きっとそうしたことだろう。

 あの日よりもずっと前から、私はここに存在していたはずだ。それなのに、それ以前の記憶は曖昧で灰色の濃淡が敷き詰められたように漫然としている。あの瞬間から私の存在が本当の意味で肉体を持つようになったからかもしれない。

 あの子を抱きしめる、あの人の腕。優しく嫋やかな曲線。それを見た瞬間内部で何かが弾けた。あの時芽生えた感情を当時は理解できなかった。  

 けれど、今ならわかる。

 ーーーあれは、激しい羨望。

 わかった時には遅すぎた。何もかも全て。あなたもあの子もとうに「いなくなって」しまった後だった。あの日から私は待ち焦がれるようになったのだ。幻のような訪れを。

 様々なものを長い時の中で喪った。何を喪ったかも分からないほど多くのものを。あの日から私の持ち物はあの日の記憶と感情。ただそれだけ。あの日が今の私を構成する唯一の要素になった。全てを塗り替えてしまったのだ。あの子と再会する、その時までは。

 ずっと胸が疼いている。きっと何かが欠けているからだろう。それが何かは知れないが。

 同じ欠落の気配はあの子からもした。再会した時、一眼で分かった。あの子は私と同じだと。再会した時、気がつくとわたしは目覚めたあの子に微笑みかけていた。まるで空いた穴を埋めるように。その時、過去と現在が重なり合った。そうして私は決意したのだ。もう二度と間違えない。必ず手に入れてやる。

 わたしの欲しいものをあの子は持っているはずだ。彼女は忘れているだけ。ーーーあとは思い出すだけ。それこそが私の望みを成就させてくれるはずだ。

 


『はやくきて、夕凪』

 

 

 

第七章 おわり。

海のなか(27)へとつづく。

 

次話はこちら。

 

 

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「本当に欲しいもの」を探して。

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最近ふと、向田邦子を読んでいる。

はっきりとした契機はなかったように思われる。

そもそもわたしは今までの人生上でまともに向田邦子作品に触れたことがない。高校だか中学だかの授業で「字のないはがき」を読んだきりである。

だから、これが人生初向田邦子ということになる。

ひとまず読んだのはこの二つ。
「伯爵のお気に入り」
「海苔と卵と朝めし」

読んでみると今とは違う女性像や男性像が浮かび上がってきて面白い。そんなことを思いながら軽い気持ちで読み進めていた。祖母や祖父はこのような世界観を持って生きていたのだろうか、と。ふた世代も離れるとその有り様はまるで別世界である。

彼女の文章は不思議なほど肌に馴染んだ。なぜだろう。向田邦子は今で言うジェーンスーのような立ち位置だろうか、と思う。

わたしはジェーンスーも好きだが、何故かスーさんの文章を読んでいるとどことなく後ろめたい気分になる。基本的に彼女は自分の闇を描かない。描いたとしても見苦しさはない。それが心地よいのだが…わたしは自分が責められているような気分になるのだ。

向田邦子は違う。
彼女の文章はどことなく仄暗い。だからわたしは安心して呼吸できる。わたしはわたしのままでいいのかもしれない、と。彼女の闇に勝手に救われる。

この両者は女性エッセイストとしての描き方がとても似ているように思える。けれどわたしに与える影響は真逆なのだ。

ジェーンスーは眩しい光を発してわたしを照らしてくれる。向田邦子は夕べの窓際のように安らぎを与えてくれる。光と闇どちらもなくてはわたしは生きていけない。これはあらゆることに言えることだが。

こんな印象を抱きながらわたしは初めての向田邦子を楽しんだ。だが、これだけならこれから先も長く読み続けようと思うことはなかっただろう。

わたしの心を鷲掴んだのは「伯爵のお気に入り」に収録された「手袋をさがす」というエッセイだった。

向田邦子はエッセイなのに虚構性を感じさせる読み味がクセになるのだが、これは際立って作り物感があった。

これはわたしにとって最上の褒め言葉だ。エッセイも一種の虚構である。虚構性を感じさせるということはそれだけ異化がしっかりとされた素材だからだ。ここまで虚構を感じさせるエッセイにわたしは触れたことがないかもしれない。

「手袋をさがす」というエッセイはこんな感じ。

向田邦子は若い時分、冬場なのに外で手袋を付けず素手だった時期があったらしい。寒くないわけではない。これだという気に入った手袋がないからだ。気に入らないものをつけるくらいなら、寒さを我慢するというわけだ。彼女はいまでも本当のお気に入りになれる「なにか」を探し求め続けている…。


このような向田邦子の在り方はわたしとそっくりだ。わたしも「わたしを真に満たしうる何か」を探し続けて今まで生きてきた。

次々に色々なものが欲しくなる。
本、仕事、洋服、アクセサリー、コスメ……キリがない。己が欠落を埋めるため、わたしは日々、様々なものを欲し続けている。

わたしは月のように満ち欠けを繰り返しながら形のない満たされた瞬間を追って生きてきた。月がそうであるように、心にも満ち欠けがあることは、当然なのに。欲深いわたしは幻想を諦めきれない。内面の不完全さをこの歳になってもなお、受け入れられないのだ。

終わりのないループに飲み込まれながら、本当に欲しいものがわからなくてもがき続けている。そんな無様さを憎みながら愛している。

全てのものは何かの代替品だ。本当に欲するものがわからない限り。

向田邦子もそうだったのだろうか。


そう考えたら、とっくにあの世へと逝ってしまったはずの女性が、肉感を帯びてわたしの前に立ち現れたのだった。

悩み深い部分で誰かと共鳴する。

それはある種、神に向けた祈りや告解に近いのではないか。

向田邦子が今なお愛され続けるのは、こうした面があるからかもしれない。


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小説・「海のなか」(25)

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前話はこちら。

***

 

 

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 付き合い始めたからといって、ほとんど変化はなかった。変わったことといえば、必ず待ち合わせて帰るようになったこと。それから時々手を繋ぐようになったこと。それだけだ。付き合っていると見せかけるために必要なことだった。

 行為に意味などない。そう言い聞かせていても、心が揺れてしまう時が殊更辛かった。愛花との関係が偽りだと痛感してしまって。

 時折愛花の何かもの言いたげな視線を感じたが、無視し続けた。曖昧な関係を曖昧なままにすること。それが俺の目的だった。目的は達したはずだった。それなのに、どうしてかちっとも達成感がない。嬉しいとすら、思えなかった。代わりにやってきたのは、強烈な虚しさと後悔だった。

 俺と愛花の関係はあの時を境に、決定的に変わってしまった。温く柔い関係は触れれば壊れてしまうものだった。俺は、それに気がつくのが遅かった。

 悔恨に苛まれながら、それでもどうしようもなかった。愛花との関係をこのまま進めることはできない。そんなことをしても何も手に入らないことはもうとっくに知っていた。かと言って後に戻ることも、もうできない。俺は愛花を手放すことができなくなっていた。今のままなら、形だけでも恋人として存在していられる。だが、恋人という肩書きを失ったその後は?愛花にとって俺は一体何になるのだろう。元通りに戻れるとは限らない。考えるだけで足がすくむほど恐ろしかった。これ以上、臆病で惨めな自分を知るのが怖い。

 手詰まりだ。なぜ最初に気がつかなかったのか。俺の望みは、叶うはずのないものだと。関係性を永遠に保存し続ける術を俺は持たない。あの頃は、そんな都合のいい方法がどこかに転がっているものと思い込んでいた。今はまだ知らないだけだ、と。そんなわけがないのに。このまま大人になったってそんなもの、この先一生手に入らない。俺たちは生きている。変わるのは必定だ。

 終わりを待ち続けていたら、いつのまにか半年が過ぎて、俺たちは中学3年になっていた。3年になったその日、俺は恋人の役を降りることになった。

 あの日、俺を呼び出して愛花は言った。

 「もう、付き合うふりはやめにしない?元に戻ってもきっと、噂されないと思う」

と。それは遊びの予定をキャンセルするような軽い口調だった。だが、待ち侘びていたものに違いなかった。

 「……そろそろだろうと思ってた」

 返答は予め用意されていたかのようにするりと口から出ていった。そんなはずはないのに。俺は望みながらずっと恐れていた。こんな日が来ることを。

 それからのまいに毎日は、お互い化かしあっているのかと思うほど、元通りだった。あの半年間など存在しなかったようだ。少なくとも、愛花の中では終わったことになっているようだった。いや。それでいい。それが正しい。あの関係は嘘だったのだから。それが解消されたのなら、元に戻るしかない。

 何度言い聞かせても、俺の心が晴れることはなかった。心が楔で打ち付けられていて、同じところに戻ってしまう。毎日呼吸を禁じられたかのように苦しかった。

 高校は地元の工業高校に決めた。もともとそうするつもりだった。いろいろなものを作ったり手を動かしたりするのは昔から好きだった。それでも進路選択の時、愛花のことが頭を過らなかったといえば嘘になる。思えば俺は、彼氏のフリを始めた時から終わりに向けて準備を始めていた。認めたくはないが。

 俺はメールを立ち上げるともう一度文面に目を走らせた。

 『今度の土曜って空いてる?話があるんだけど。昼から会える?待ち合わせはいつものアイス屋で』

   素っ気ない一通のメッセージは愛花から先日送られてきたものだった。頻繁にあいつから連絡があるのは珍しい。つい先日、愛花とは会ったばかりのはずだ。俺はスマートフォンを尻ポケットに仕舞うと、再び歩き出した。

 あの時は今の比じゃない程驚いた。今から1年以上前、高校に上がってしばらくした頃だ。愛花から一通のメールが届いた。

 『明日の夕方、船着場まで来て』

 書いてあるのはそれだけだった。

 あの瞬間の驚きと戸惑いは今でもはっきりと甦る。高校に進学した時に、俺たちの縁は切れたものと思っていた。俺も一切連絡しなかった。このメッセージがなければ、きっとその通りになっていただろう。

 待ち合わせは、よく放課後を過ごしていた船着場だった。暑くない時期は、ここでダラダラと時間を潰すのが常だった。

 当日行ってみると、愛花は既に腰を下ろして待っていた。久しぶりに見るその表情は、俺の知るものとは少し違ってみえた。数ヶ月の間に、愛花の中で何かが起きたことは確かだった。当初、俺は何か用件があるのだと思っていた。それを伝えるため、呼び出したのだと。結局その日、愛花の話が核心に触れることはなかった。高校に入ってからの出来事を語り合っただけ。まるで、空白の時間を埋めるように。

 去っていく愛花の後ろ姿を見送りながら、一つの考えが浮かんだ。愛花が俺を呼び出した理由。

 ーーーただ俺に会いたかっただけ。

 とは考えられないだろうか、と。

 また傷つきたいのか、と冷静な部分が叫ぶ。期待して裏切られるのはごめんだった。けれど、もう一度チャンスがあるなら。再びこの関係を修復することができるなら。そう考えてしまった。

 その日から俺は、決して自分から愛花に連絡を取らないようにした。時には愛花から呼び出しがあっても他の予定を優先したりした。何年か付き合ってきて、愛花の性格をよく知っていたからだ。あんな面倒で厄介で碌でもないやつを、俺は他に知らない。愛花は手に入らないものほど欲しくなるという性質を持っていた。あいつは簡単に手に入るものなんて、欲しがらない。だからこそ、気のない素振りを続けた。「以前は付き合っていたが、今はなんとも思っていない」というふり。どちらにせよ、この演技は必要だった。これからも愛花と関わり続けるのであれば。

 本当はあいつから離れて楽になりたかった。けれどそれを俺自身が許さなかった。呪いのように愛花への想いは、いまだこの胸に居座っている。いつかこの胸中を知ったなら、愛花は俺を手放すかもしれない。得体の知れない強過ぎる思いを宿主でさえ、「怖い」と感じるのだから。

 待ち合わせの店前に人影が見えた。ポニーテールに結った髪が風にサラサラと流れている。その姿を目にした瞬間、声が蘇った。

 『好きな人ができたみたい』

    今日、やっと終わらせられるのかもしれない、この関係を。自分の気持ちがわからない。俺はこの賭けに勝ちたいのか。この苦しみから逃れたいのか。

 愛花は俯き、どこか虚空を見つめていた。そんな何気ない姿なのに、美しくて。一瞬見入ってしまう自分がいる。

 ああ。呪いは解けない。

 生唾を飲み込み、一歩踏み出した。

 呪いがどうあっても解けないのなら。獲物が罠にかかったかどうか。確かめてやろうじゃないか。どうせ、そうすることでしか変われないのだから。

 「愛花」

 愛おしく呪われた名前を、俺は味わうように口にした。

 

***

 

海のなか(26)へつづく。

小説・「海のなか」(24)

 

前話はこちら。

 

 

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***

 

もう秋になり始めた頃のことだった。秋といってもまだまだ残暑は厳しい。言い訳のように頭上では鱗雲が透き通り、もう秋だと主張していた。

 放課後を俺はまた愛花と過ごしていた。この頃は帰りが一緒になると、アイスを交互に奢るのが習慣になっていた。涼しい店内に人は少ない。昔からある有名な店だが、テイクアウトして外で食べるのが主流なせいかもしれない。奥の席を選べば、話を聞かれる心配もない。俺たちにとってはちょっとした穴場だった。頬杖をついて舌先でアイスを舐めながら、愛花は気怠く言った。

 「変な噂立てた奴、誰なんだろ。マジで迷惑」

 「なに、また告白でもされた?」

 「いや。一馬と付き合ってんのか聞かれた。まあ、否定したけど」

 「ふぅん」

 自然、卑屈な声が出る。なぜこんなことを直接聞かされなければならないのか。自分の立場が情けなさすぎる。

 「なかなか飽きないよな」

 「暇なんでしょ。くだんない」

 腹立ち紛れに愛花は吐き捨てると、アイスのコーンをバリッと噛み砕いた。俺もそれに釣られてアイスを舐めるが、味がしない。ずっと、口の中を空回っている言葉があった。

 「あたしを消費しようなんて、100年早い」

 舌打ちでもしそうな様子で毒づく愛花は、恐ろしくて、美しい。『きっとみんな、お前のことが好きなだけだ』そういってやるつもりだったのに、出てきたのは全く別の言葉だった。

 「なあ。告ってきたやつの中にいい奴、いたか」

 「ないない。今までほとんど話したこともない子ばっかりだったもん。あれでわたしのこと好きって。……笑っちゃうよね」

 「なんで」

 「あいつらが好きなのは、妹尾愛花って言う偶像。あたし自身じゃない。あたしを知ってる奴なんて……」

 『いない』

 末尾は皮肉なせせら笑いにかき消えていった。その笑みは中学生の浮かべるものでは到底なく、俺は身震いした。触れてはならないものに手を伸ばしてしまったときのような妙な高揚がある。そう思ったら血が沸騰して訳がわからなくなってしまった。どうやら俺には良くないものに惹かれてしまう質があるようだ。そこから先の言葉は自分のものだと自信を持って言えない。だからこそあんな大胆なことを言えたんだろうが。

 「愛花。ひとつ提案がある」

 「なに、急に」

 「俺たち付き合ってみない?」

 愛花の瞳は大きく見開かれ、俺を射抜いている。その中に小さな自分が映り込んでいるのが見えた。

 ーーーああ。ぞくぞくする。この瞳は俺のものだ。

 「え、なに。一馬ってあたしのことが好きだったの?」

 「そうだよ。だから今まで一緒にいた」

 次の瞬間、愛花の瞳は揺らいで戸惑いと、そして失望に染まった。『裏切り者』この心地よさをあんたは手放す気なのか。あんたもあたしを裏切るのか。俺は目を伏せてそれに答えた。

 手放さないために、お前を裏切る。

 「愛花が俺のこと恋愛対象として見てないなんて、わかってる。だからさ」

 俺は少し間を空けて言葉を繋いだ。

 「フリでいいんだ」

 「……ふり?」

 愛花はまるでその言葉の意味が分からなかったかのようにおうむ返しした。俺は立ち上がると、席に座ったままの愛花を見下ろして、残りのコーンを全て放り込み噛み砕いた。口内で激しい音がする。すべてを打ち壊すような音。まだ大きな塊を無理矢理飲み下すと、喉が痛んだ。

 「そう、付き合ってるふり。俺とほんとに付き合ってるって言いふらせば良い。友達多いんだしすぐに広まるだろ。そうすりゃ噂も消える」

 ーーーそして別れれば、元通りだ。

 とまでは言えなかった。そこまで無感覚にはなれない。例えそれが最善だとしても。

 「それで、一馬はいいの」

 「いいよ。これでお互い楽になるだろ」

 これが今まで続く長い後悔の始まりだなんて、その時は思ってもみなかった。愚かだ。本当に。この嘘は破れない。決して解けない呪いのように。俺の想いはこうして嘘になる。ーーーただ傍にいたかっただけなのに。他ならぬ俺が変質させてしまった。

 窓の外では、俺を責めるかのように晩夏の冷たい夕暮れが訪れていた。

 


***

 

海のなか(25)へとつづく。

 

 

次話はこちら。

 

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