KUROMIMIには本が足りない。

KUROMIMIには本が足りない。

活字がないとダメ系ヲタク。小説・音楽・詩・ときどき映画。自作の小説も書いてます。

詩・私の消失

 

 

わたしが散り散りになっていく。

 

あんなに拘っていたもの。

 

あんなに縋っていたもの。

 

すべて 遠くなって

 

大切なものがどんどん欠けていく。

 

 

毎日問われる。

 

「今日はどれを捨てるの?」

 

怖いと言っても 虚しいと言っても

逃れることのできない責苦。

 

でも、不思議と 嫌じゃないの。

 

わたしがくっきりと鮮やかさを増し 迫ってくる。

 

向こうにいるのは新しいわたし。

 

それが 何でも

 

心が躍っている。

 

それだけで 満たされている。

 

それが今の望み。

 

 

 

 

もっと見たことのないものを。

 

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もっと見たことのないものを。

 

 

 

わたしとゆら帝

#クロミミ的音楽語り

 

 

 

わたしが通称ゆら帝ーーーゆらゆら帝国と出会ったのは、何年か前に「カルテット」というドラマを見たことがきっかけだった。(カルテットの脚本家は今季の「大豆田十和子と3人の元夫」とおなじ脚本家。どっちも好き!)

 


カルテットは名優揃いの名作ドラマだが、中でも満島ひかりの存在はわたしにとって目新しかった。そこで色々と満島ひかりの関係するものを漁るうち、行き着いたのが愛のむきだしだった。

 


そこで、映画を見る…かと思いきや、なぜかその主題歌に吸い寄せられていくあたりは天邪鬼のなせる技なのか。

 

 

 

そう。その主題歌こそが

 


ゆらゆら帝国の「空洞です。」だったのだ。

 


また、時を同じくして「ロッキンユー!」という漫画にわたしはどハマりした。簡単にいうと高校生たちがオルタナティブロックバンドを結成する、という話なのだが、オルタナ好きに刺さるネタが所狭しと詰め込まれているような作品だ。(今はロッキンニュー!と改題して同人誌で売られている)

 


しかしてこのようなダブルパンチを受けて、わたしはオルタナ沼、ゆら帝沼に身を投じることとなった。

 

 

 

ゆら帝はわたしにとって数少ないどの曲も無条件で好きと言えるバンドの一つだ。

 

 

 

好きな曲は?と問われると困ってしまうが、

 


多分、発光体、3×3×3、ドックンロール、ハチとミツ、太陽の嘘つき、アーモンドのチョコレート、夜行性の生き物3匹、19か20、ミーのカー、つぎの夜へ

 


などなど。ああ、ほらやっぱり絞れない。てか、もう全部だから取り敢えず。

 


これはナンバガにも言えることだが、ゆら帝の音作りはわたしにいつでも未知を味わわせてくれる。

 


全ての瞬間に痺れるような恍惚を齎すのだ。

 


だからね?

 


ゆら帝という名の合法ドラッグ

キメない手はないでしょう。

 


早く聴いとかないと、国から規制かかるかもって割と今日も本気で思う。まじで。

 


とりま、みんな仲良くゆら帝で健康に狂い踊ればいいと思います。

 

 

 

それではまた次回。

 


クロミミはクロミミははてなブログにて「KUROMIMIには本が足りない。」を更新中。連載小説最新話を練り練りしてます。もうちょっとでだせるはず。お楽しみに。

誰にも奪えないもの。

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わたしがアジカンを好きになったのはいつだったろうか。それはきっと高校生の時。高校1年の夏だった気がする。

 


ある日唐突に甦ったのだ。

 


安っぽい羽根を背負って叫ぶ男たちの姿が。

 


それは紛れもなく、あの「アフターダーク」のPVの一部だったのだけれど。わたしはそれを小学生の時分、ブリーチのアニメの合間に見たのだった。

 


なぜか焼きついて離れなかったそれを縁にたどると行き着いたのがアジカンだった。

 


あとから、好きだったアニメ映画「鉄コン筋クリート」の主題歌もアジカンだったことを知った。

 


けれど、このどちらもわたしの一番好きな曲ではない。

 


わたしが一番好きなのは、

オールドスクール

という曲。

フィードバックファイル2」というアルバムに収録されている。土臭く、切れ味の良いロック。この曲を聞くときはいつも口の中に渇いた味がする。

 フィードバックファイルは1も2も名曲揃いなのだけれど、この曲は一際わたしを狂わせた。

 


一時期はこの曲しか聴いていなかったくらいだ。目覚めた時、着替える時、行ってきますを言いながら、学校に着いた時、お昼休み、帰る時、勉強中、そして眠る前。

 


とにかく呼吸と同じくらい聞いていた気がする。

 


あの感覚は幼い頃の読書の仕方に似ていた。何度も何度も何度も何度も自分の中に擦り込んでは、繰り返し取り出し味わうような。

 


昔のわたしは寝際に読んでいる本の内容を思い出すのが好きだった。そうすることで本を読んでいないときにも読書の楽しみが長持ちするから。

 


……いや。嘘はやめよう。今もやっている。そしてニヤニヤしてる。気持ち悪い。

 


 昨夜は、久しぶりにアジカンを聴いて過ごした。

ああ。やっぱりアジカンはいいなぁ。と思っていると目のピントが合わない。疲れているようだ。

 


さあ、寝よう。と寝床に潜り込むと途端に眠気の波が襲ってきた。しかし、何か違和感がある。

そしてふと、気が付いた。

 


枕元ではいまだ、アジカンの「ケモノノケモノ」が結構な音量で流れていたのだ。

 


なぜ今のいままで気がつかなかったのだろう。

 


どうやらアジカンは私の交感神経を刺激しないらしい。

 


それほどに、私の一部なのだ。

 


もっとたくさんのものが私のなかに溶けるといい。境目がわからなくなるくらい深いところまで。

 


きっとそれは 誰にも奪えない私だけの財産だ。

 


さあ。次は何を味わおう。

 


あの素晴らしい味を 私はもう忘れられない。

 


ずっとずっと巡り続ける円環のように。

小説・海のなか(20)

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前話はこちら。
  

 

 

kuromimi.hatenablog.com

 

***

 

 図書館の入り口近くはすぐカウンターになっていて、その真ん中にひっそりと男性の司書さんが腰掛けていた。頭には白髪が入り混じり、頬も心なしか痩けている。神経質そうな生真面目そうな面持ちが印象に残った。部屋には常に司書さんのタイピング音が切れ間なく舞っていた。うるさい

わけではない。それどころかいっそう静寂を際立たせている。

 彼は丸メガネの奥から来客を一瞥して微かに頭を動かすと、また何事もなかったようにパソコンへ向き直った。会釈したのかもしれない。あたしも軽く頭を下げつつそっと中に入る。今が文化祭中なんて信じられない人の少なさだった。ここだけ置き去りみたいだ。

 部屋を見回すと、言い訳程度に展示がされていた。「気に入りのフレーズ」コーナー。全校で集めたお気に入りの本の1フレーズを募集した結果を模造紙に張り出しているらしい。そういえば、少し前にそんなものを書く時間があったけれど、あれは困った。本を読まないあたしには一苦労だった。結局書けなくて、でも捨てることもできなくて。いまでも藁半紙は机の奥にくしゃくしゃで眠っているはずだ。

 「あの小瀬夕凪って子、ここにきてないですか。背中まである長い髪の子なんですけど」

 司書さんの顔を覗き込むように尋ねると

 「小瀬夕凪ああ、あの子かな。そんな名前だったの。いつもあそこにいるよ」

  そう言って、無造作に部屋の左隅の方を指差した。棚の向こう側のことを言っているみたいだ。

 「ありがとうございます」

 頭を下げると、司書さんは手をひらひらと振った。すでにその目はあたしを見ていない。言われるままに本棚の列を分け入っていくと、なるほど大きくて分厚い本ばかりだ。陵の言っていたことは正しかったらしい。

 背の高い書架と書架の狭間はまるで深い森のように薄暗い。すうっと体温が吸われて寒気がするような。

 「大型本のコーナーを左

 気がつくとあたしはお守りみたいに陵の言葉を唱えている。本当に不向きなことを引き受けてしまった。何かに急かされるように足が早まる。密林の切れ間には光の帯が横たわっている。いつの間にか、あたしはあそこにさえ行けば、という思いに支配されている。

 光の中に踏み入った瞬間、世界が一気に色彩を帯びた。そうしてそこで歩みが止まった。もう何処へもいけない。目の前の光景に一瞬で取り込まれてしまった。

 まず、光の中で長い髪がセピア色に透けるのを見た。美しい糸の束を辿ると横顔がある。こちらからだと逆光で彼女の姿は影になっている。それでもなお、透き通るように白い肌。そのただなかで唇だけがほの赤く色づいていた。表情はどこか中性的で華奢な少年のようにも見える。

 数瞬の間あたしにはそれが誰だかわからなかった。美しく浮世離れした何か。そんな印象だけが深く強く脳裏に植え付けられてしまってくりかえし何度も眺めているような。操られるように自分の口から声が漏れた。

 「夕凪……

 その時あたしは場違いにも、昔とある美術館を訪れた時のことを思い出していた。そう、これは「あの感じ」に似ていた。芸術を目の前にその世界へ呑み込まれてしまうときの没入感。溺れているような沈み込むような。総毛立つあの感覚に。理解を直感が追い越してゆく。あたしの全てが一心に開くのが分かった。あの少女に向かって。

 夕凪は陶酔的な表情を浮かべて窓の外を眺めていた。その儚げな様子がなぜかしきりに胸を押し潰す。大きな欠落の気配が彼女の周りを覆っている。喪失の予感が加速する。それは息を呑むような不快の絶頂だった。今立っている場所すら覚束なくなるほどの不安。

 その時、どこか下方から音がした。足に何かが当たる感触で我に帰る。見下ろすといつのまにか手にしていたはずのビニール袋が床に落ちていた。

 正気に戻るにつれ、あたりの音が帰ってくる。中庭のほうから微かにバンドの演奏が聴こえた。演奏しているのはアジアンカンフージェネレーションの「オールドスクール」だった。真悠のバンドに違いない。ダンス部の副部長をやっている友人はとても器用で音楽に関することなら、やってできないことはないくらいだった。この曲は確か彼女の一番好きな曲だったはず。真悠と仲良くなったのもこのバンドがきっかけだ。

 この音は夕凪に届いていないのだろう。そう見えた。憂いのある表情でどこか遠くを眺めたまま。あたしは夕凪から視線を外さないままそっとしゃがみ込むとビニール袋を持ち上げた。途中派手な音がしたけれど、やはり夕凪は振り向かない。声を掛けようとして躊躇う。目の前の光景に侵し難いものを感じる。ゾッとするほど端正なこの均衡を崩せない。

 ところが、不意に少女は振り向いた。その瞳は何も映していない。夢見心地に濁っている。ゆっくりと瞬きする様がコマ送りされていく。

 ーーー目が、充血している。

 あたしは一歩後ずさった。夕凪が突然手を伸ばしたからだ。腕はまっすぐあたしに向かって突き出される。彼女の爪が右手の甲をかすった。

 「まって!」

 夕凪の口から叫びが漏れる。請うような、縋るような。大きな双眸が激情に揺れていた。溢れそうなほど見開かれた目から感情が迸り空気を伝ってあたしまで揺さぶられる。

 これは、誰だ?

 「夕凪……!?」

 腰掛けていた椅子が大きな音を立てて後ろに倒れた。と同時に夕凪が一つ身震いした。浮遊する魂が身体へと還った。彼女は腕をさっと引くと、今度は自分の肩を抱いた。俯いたその表情は読めない。誰にも縋り付くことのできない手が震えている。先刻までの彼女の目には何かが見えていたようだ。幻をみたのかもしれない。寄って立つ誰かの姿を。沈黙があたし達を取り巻いた。けれど、目の前の少女が押し殺した嗚咽が聴こえる気がした。夕凪の睫毛は意外なほど長く、落ちた影の昏い色が青白い頬を染めていた。それからどれほどの間その様を眺めて立ち尽くしていただろう。

 「シフトだから、いくね」

 気がつくと夕凪はすぐ横をすり抜けていく。あたしは動けないまま、夕凪の遠くなる足音を聞いた。すれ違いざまに見た夕凪の瞳は、潤む気配すらなく乾きり、ぎりぎりと痛いほどに張り詰めた色をしていた。

 思っていた。ただの平凡で地味な引っ込み思案の女の子だと。けれど、一方で違和感があった。夕凪に出会ってからずっとこの胸が騒いでいるから。たった今その理由がわかった。彼女は脆くも弱くもない。ただ、恐ろしく一途だ。

 ーーーー彼女は泣かないのではない。泣けないのだ。焼け付くようなあの瞳はまだ鮮明に刻まれていた。

 足音の余韻が消えてしまってから、夕凪の腰掛けていた木製の椅子にストンと座る。眼下にはだだっ広い校庭が太陽に照らされ白く光っていた。窓辺は風が強く吹いている。上昇気流に前髪が吹き上げられていくのを感じる。眩しさに目を細めながら視線を遠くに投げると、家々の向こう側にか細い線のような海が見えた。もう海は鮮やかな色を翳らせている。夏は去った。どうりで今日はやけに涼しい。いやらしいほどに。

 夕凪はここに座って一体何を考えていたのだろう。同じ場所にいても何一つわかる気がしない。結局あたしはあの子の何かが欲しいんだろうか。こんなところまで来てしまって。ーーーここに来る前の問答の続きを、いつのまにかあたしは考えている。今まではそれが陵だと思っていたのだけれど。あの子を好きな陵が欲しいんだと。けれど今、わかった。どうやら違ったらしいと。

 あたしはずっと夕凪が奥底に秘めているものに嫉妬していたみたいだ。そして陵に対しても、きっと。彼らの欲するひたむきさに焦がれていた。あたしはずっと怖かった。何かを本気で欲しいと言うことが。臆病なあたしは失う時のことを考えてしまう。恋心と羨望はよく似ている。多分この思いはこれ以上育たない。だって気がついてしまったから。あたしには他にもっと見なくてはならないものがある。

 すると、不意に今更気がついたのか、と頭の片隅で一馬が皮肉な笑顔を見せた。こうなることがあいつに読まれていそうな気がしてならなかった。

 あいつに言わなきゃならないことが、あるみたいだ。そろそろ口にしてみてもいいのかもしれない。この胸の内を。あいつはきっと呆れるだろう。あまりにわがままな言い分だから。けれどきっと許してくれるだろう。あいつはあたしの兄貴分なのだから。

 覚悟しろ。一馬。

 見上げた澄んだ青空は少しくすんだ美しい色合いをしている。今夜、一馬にメールをしよう。あいつは呼び出しに応じるだろう。今回はきっと、壊れない。あたしが壊させない。

 「あ、鱗雲」

 あたしの嫌いな寒い季節がやってくる。

 

***

 

 

次話はこちら。

 

 

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「好き」では足りない何か。

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この間、ある人に

 


あなたは本が好きなの。

 


と問われた。

 


その時、出てくるはずの「はい」は出てこなかった。言葉が口を離れる瞬間、これは違うと気が付いてしまったから。

 

 

 

「好き」では決定的な何かが足りない。

 


わたしは結局

 


「そんなこと、考えたこともなありませんでした」

 


そんなふうに答えていた。でもこれが一番正しい。少なくとも実感に沿っている。

 


わたしにとって本は読書は文字を追うことはどうやら「好きなこと」ではないらしい。

 


あえて言うなら、

 


「わたしと切り離せないもの」

 


だろうか。

 


読書することや文章で表現することに対して抱く感情は、多分家族に抱くそれと似ている。

 


複雑怪奇で他人には理解しがたく、面倒だ。

 


まるでわたし自身のように。

 

 

 

わたしはわたしを一言で説明することなどできない。しようとも思わない。

 


本を読み味わうこと、文字の群れを弄ぶこと。

 


それらはもう立派にわたしの一部なのだ。

 

 

 

 


「好き」の一言では溢れ落ちてしまう核心に手を触れるためにわたしは本を、表現することをここまで愛するのかもしれない。

 


あの時 好きと言ってしまわなくて よかった。

 


世界の奥行きを言葉で識る。

 


この世の複雑さが わたしを救ってくれる。

 


それが今ならよく分かる。

何かを愛するということ。

 

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新しい地に引っ越してから、もうすぐ四ヶ月が経とうとしている。転職してからは先日半年が経過した。

 


私が引っ越した先は言ってしまえばかなりの田舎だと思う。前住んでいた場所より県の中心地にいくには倍以上の時間を食うし、人口も全国のワーストに入るくらい少ない。これからもきっと減るんだろう。取り立てて誇れるいいところがあるかと言われるとすぐには答えられない。

 


まあ、それはわたしがまだこの地を知らないから、とも言えるだろうが。

 


ここまでかなり辛い言葉ばかりを連ねてきたけれど、別に私は不満があるわけではない。むしろ逆だ。

 


私がずっと不思議なのは、

 


なぜこの場所を気に入っているのだろう。

 


ということだ。

 


思い返すと、今住む土地を初めて訪れた時から多分ここが嫌いじゃなかった。

 


昔からそういうことは肌でわかる質だ。

 


並べ立てたように、この土地は条件的には決して良い場所とは言えない。

 


それなのにどうやらわたしはここが好きみたいだ。少なくとも、故郷と同じくらいには気に入りはじめている。

 


逆に前まで住んでいた土地をわたしは好きではなかったみたいだ。

それが引っ越してみて初めてわかった。

 


あの場所も人もわたしの肌には馴染まなかった。

どうしようもなく。

 


一年半身を置いても愛することが出来ないままあの場を去ってしまった。あの場所で唯一愛したと言えるのは、きっと自分の暮らしたせまいアパートメントの一室だけなのだろう。

 


 あの場所に対して未だに懐かしさも恋しさも抱くことができないのは私が薄情だからなのか。そんなくだらない物思いで頭の片隅を悩ませることがある。

 


そう言う時は決まって、生ぬるい絶望が胸の奥に揺蕩いわたしを憂鬱にした。

 


土地を愛することは人を愛することに似ている。

 


わたしが 好ましい と感じる時

 


大体そこに理由はない。

 

 

 

わたしが 嫌いだ と感じる時

 


大体そこにある理由は後付けだ。

 

 

 

全ては直感が決める。そうやって生きてきた。

 


だからこそ、怖くもある。

 


わたしは愛しすぎてはいけない。

 

 

 

強すぎる「好き」はいろんなものを駄目にしてしまう。事実、駄目にしてきた。

 

 

 

わたしの「気持ち」は強すぎるから。

 


昔から何度も言い聞かされたことだ。

 

 

 

 


だからこそ、今日もそっと愛しんでいたいと思う。

 


その愛が確信に変わらないくらい かすかに。

 


壊れてしまわないように。

小説・海のなか(19)

 

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前話はこちら。

 

 

 

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***

 


 なぜ、あんなことを言ってしまったのだろう。

自分の言葉を反芻するたびに嫌気が差した。

 『夕凪、あたしが探してこようか?』

 自分でやったことのはずなのに。あんなことをしてしまった自分がわからない。あたしは夕凪を避けていたはずなのに。あの子に会いたくない、はずなのに。

 こういう時がある。勘ではまずいとわかっている。悪い予感に急かされながら、それでも選んでしまう。まるで愚かさに毒されているような。

 あたしは束の間のスリルを欲しがっているんだろうか?過ちは蜜のように甘い。それは痛いほど知りつくしたあたしの悪癖だった。

 それとも陵の手助けをして印象をよくしたかった?あのやりとりに味を占めたから。

 ああ。本当にいやらしい。

 そうは思いつつも陵との会話が頭を離れなかった。あの充足感が忘れられない。

 けれど、ふと気づく。こんなに満たされていいんだろうか。あたしはもっと欲しがるべきだろう。だって陵が好きなのだから……。

 その気付きは身体の暖かさを一気に抜き去っていった。

『あたしは悪くない』

 手に力が籠ると、ビニール袋がガサっと音を立てて傾いだ。慌てて水平に持ち直す。中にはお昼ご飯に買ったお好み焼きと唐揚げが1パックずつ、それから揚げパンが二つ入っている。あとで沙也と合流して一緒に食べるつもりだった。

 図書室は1号棟の最上階、3階の一番奥にある。あんなに騒がしかったのに、今は耳鳴りがするほどしんとしてどこか息苦しい。誤魔化しの効かないような孤独があたりに立ち込める。自分の足音をこんなに大きく感じるのはいつぶりか。

 あたしはほとんど本を読まない。漫画すら読まない。唯一読むのはファッション雑誌くらいなものだ。兄の唯河は漫画もゲームも好きみたいだけど、あたしは特に影響されることもなく育った。兄は兄であたしと趣味を共有することを早々と諦めたから、それも大きかったのかもしれない。あたしが妹でなく弟だったなら、少しは違ったのだろうか。そんなことを時々考える。

 陵と知り合って少し経った頃、本を勧められたことがあった。とは言っても、あたしは読んでいた本について尋ねただけなんだけど。「今読んでるの、どんなやつなの」って。彼があまりにも幸せそうな顔をして文字を追うものだからつい尋ねてしまった。あの眼差しは今も胸の奥深いところにしまってある。まるで宝物みたいに。

 陵は「サンショウウオ」と答えた。「イブセマスジ」とも言っていたっけ。作者の名前がそんな感じだったのを覚えている。昔から人の名前を覚えるのは苦手だ。サンショウウオもイブセマスジも知らないあたしは当然、どんな話、と尋ねた。すると陵はただ微笑んだ。そこでこのやりとりは終わったわけだけど、翌日珍しいことが起こった。陵がうちのクラスを訪ねてきたのだ。手には一冊の文庫本が握られている。ご丁寧に藍色のブックカバーまで掛けてあるのが彼らしかった。

 「昨日のあの本は図書館のだから貸せなかったんだ。同じやつじゃないけど俺の持ってる本にもサンショウウオが入ってるやつがあったから、よかったら……」

 やけに饒舌なのに、どこまでも控えめなその態度に気を取られて、なんとなく本を受け取ってしまった。あの微笑みの裏でこんなことを考えているなんて思いもしなかった。そんな意外性もまた、あたしを惹きつけたのかもしれない。

 『サンショウウオ』をあたしはなんとか読み通したけれど、結局よくわからなかった。あたしが蛙なら、山椒魚を許すことなどしないだろう。そんな底の浅い感想しか抱けなかった。まるで小学生の作文みたいに稚拙で、虚しい。面白いとかつまらないとかそういう簡単な判断すら下せない。ただひたすら理解できないのだった。きっと、陵にはあたしには感じられない何かがわかるのだろう。でなければあんな表情は浮かべられない。その時の気分は、今までの人生で何か大切なものを手に入れ損ねていることに不意に気付いてしまったような感じだった。

 わかりやすく言ってしまえば、羨ましかった。あたしは陵に嫉妬した。同時に惹かれてもいた。ひたむきに向き合える何かがある彼に。

ーーそうしていつしか、あたしは陵に対してだけ湧き出すこの感情に「好き」という名を与えたのだった。

 気がつくと、図書室のドアはもう目の前だった。やはりここはひんやりと寒くて居心地が良くない。嫌なことは手早く済ませてしまうに限る。あたしは一つ深呼吸すると意を決して引き戸に手をかけた。

 


***

 

海のなか(20)へつづく。