KUROMIMIには本が足りない。

KUROMIMIには本が足りない。

活字がないとダメ系ヲタク。小説・音楽・詩・ときどき映画。自作の小説も書いてます。

小説・海のなか(8)

前話はこちら。

 

kuromimi.hatenablog.com

 

 

 

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第五章 歪

 


 その日のLHRでは、文化祭当日の役割分担を決めていた。私のクラスは喫茶店をやる予定だ。当日は調理班と給仕班にわかれてそれぞれにシフトを組むのだ。誰が決めたのか、女子生徒はフリルのついた可愛らしい服を着ることになってる。私なんかに似合うはずがない。正直勘弁して欲しかった。だからせめて裏方にまわって姿をみられないようにしよう、と決めていた。晒し者になるのは御免だ。

 昔から、他人から何かを押し付けられることに耐えられなかった。誰かが押し付けた何かに満足することなど、できない。してしまえば私の中の何か大切なものが損なわれるような気がした。誰かの求めに応えようとはにかんで自分をたやすく変えてしまう様を思うと、なんだか惨めで滑稽に感じてしまう。

 そもそも、近づいてきた文化祭というイベントに浮き足立ったクラスの雰囲気も私の心には沿わなかった。しかもその上今年は生徒会の仕事まである。内申点のために入ったものの、教師たちの手足となって働くのはあまり気分がいいとは言えない。何もなければこんな気分になることもないのに。ぼんやりとした憂鬱が心の底にひっそりと積もっていく。いっそ正と負どちらかに振り切れてしまえば、少しはマシなのかもしれない。そんな風にどうしようもないことを考えながら、窓の外ばかりを眺めていた。生徒会に入ったのが間違いだったのかな、なんて。

 「ねぇっ、ねぇっ!サヤ、サーヤってば!」

 前の席からひそひそとはしゃいだ声が聞こえた。見ると前の席から愛花がこちらを振り向いていた。

 「ん?なに」

 直前まで考えていた内容が内容だけに、少しキツい声になってしまう。しまったと思ってももう遅い。けれど愛花はまったく気にもしていないようだった。

 「あのさ、沙也もいっしょにウェイトレスやろーよ」

「やだよ。私調理にする。大体愛花は他にも友達いるでしょ。その子ら誘いなよ。私には向いてないって。あーゆーのは可愛い子がやるからいいんじゃん」

「なに言ってんの、サヤも可愛い子じゃん?」

「はあっ?!」

 臆面もない言葉に思わず大きな声が出る。愛花は時々こういうことを言う。恥ずかしくないのか、この子は。声を潜めて早口に私は言った。

 「とにかく、やらないってば。私には裏方があってんの」

 「ふうん?そうかな」

 愛花はなぜかニンマリとしてあっさり前に向き直った。なんだか嫌な予感がする。

 「じゃあ、ウェイトレスやりたい人手ぇあげて。大体12人くらいね」

 教壇に立ったクラス委員の牧丘が言った。するとスッと一本手が上がる。ーーー愛花だ。

 「はいはい!あたしとサヤ、やりたい」

 「はあ?!」とまた声が出そうになって慌てて飲み込む。さっきの相談は一体なんだったんだ。

 「ちょっと、愛花…!?」

 問いただそうとしたけれどその声は他の子が次々と立候補する声にかき消されてしまった。思わず絶句していると、愛花が振り返ってまたニヤリとする。

 こいつ、わざとだ。絶対わざとだ。

 悟ると同時にため息が口をついて出た。知り合ってまだ一年足らずだけれど愛花のこういうところには本当にかなわないな、と思う。けれど不思議と私はそんな愛花の強引さが嫌じゃなかった。彼女に振り回されることをどこか楽しんでいる自分がいる。

 そうしてとんとん拍子に話し合いは進み、結局私たちはそのまま二人ともウェイトレス役をやることになったのだった。

※※※

LHRが終わるなり、手を合わせて愛花が言った。

「ごっめーん、ゆるして?」

 「…それ、謝ってないから」

 「ごめんって!でも、絶対楽しいと思うよ?保証するっ!」

  そう言って愛花はまたにっこり笑って見せる。長い睫毛に縁取られた大きな目で上目遣いに見られると、女の私でもちょっとどきっとしてしまう。こういう表情をすると本当にかわいい。自分の使い方がよくわかっている。女子ってこういう子のことを言うんだとつくづく思う。さぞ生きやすかろう。

 「はぁ…まったくどこから来るんだかその自信。もういい、やるよ、やります。そのかわり似合わなくってもなんも言うなよ」

 「あっ!そこは任せて!全力で似合わせてみせる。メイクさせてよ。めちゃくちゃ可愛くするからさ」

 愛花の声にはやたらと力が籠もっていた。さては誰かにメイクしたかっただけだな、これは。愛花のおしゃれ好きは誰もが知るところだった。

 「もう好きにしてくれ…」

 うんうんと頷くたびに跳ねる愛花のポニーテールの穂先を目で追いつつそうぼやいた時、声がした。

「沙也!ちょっと」

 見ると陵が教室の入り口で手招きしている。

「あれ?めずらし。尾崎くんだ」

 愛花の言葉通り、幼なじみの陵は滅多に他クラスにやってこない。昔からそうだった。なんでも結構そつなくこなすくせに、引っ込み思案で人付き合いだけは下手くそ。そういうところが傍にいるともどかしくて時々かんにさわる。別に悪い奴じゃないんだけど。

 忘れ物でもしたんだろうか。席を立って陵の方へ近づいていくと、その手に封筒が握られているのが見える。その時点でなんとなく、もう用事が何なのか察しがついたけれど一応尋ねる。

 「陵、どうしたの?」

 「うん、あのさ…」

 しばらく言い淀んでから、陵はおずおずと片手に持っていた封筒を差し出した。ひょろっとした長身を精一杯縮こまらせているのがいかにもおかしい。

 「なに、これ」

 「連絡物。これ夕凪のとこに届けてくれないか。今日休んでて」

 「はあ?なんで私が。陵がやりなよ」

   「俺もそうしようと思ってたんだけどさ、さっき佐々木から仕事振られちゃって」

 そう言うと、陵はガリガリと後ろ頭を掻いて苦笑した。

 「ああ…会長か」

 私は顔をしかめた。生徒会長をつとめる佐々木いろいろと適当なくせに要領だけはいい奴だった。そういう抜身な性格が災いしてしばしば生徒会の仕事もさぼる。そのしわ寄せが副会長である陵に来るのは日常茶飯事だった。どうやらそのツケが今回は書紀である私にもまわってきたようだ。まったく迷惑にも程がある。私は深くため息をついた。

 「夕凪、最近学校休んでばっかでさ。たのむよ、な、沙也」

 陵は苦い顔でもう一度言った。本当は自分で行きたいに違いない。献身的だな、とうんざりした。大体、夕凪と別のクラスである私に話が回ってくる事自体ちょっと不自然だった。まあ事の経緯は想像に難くない。他クラスの生徒にたのむ必要がある程には夕凪の交友関係が乏しいというだけのことなのだろう。陵は子供の頃から何かにつけて夕凪の世話を焼うとする。今回もその一環なのだ。高校生になった今でもそんなことをしているのはちょっと驚きだけど。

 正直、もう一人の幼なじみのことを思うと気が重かった。別に夕凪と私は特別仲がいいわけじゃない。それどころかここ数年ろくに話してすらいない。この間海に行った時だって二人きりで会話する機会はほぼ無かった。ただ旧知の間柄だというだけだ。そんなものだろう、幼なじみなんて。 

 それに、実のところ私は夕凪が苦手だった。いつも俯いて何も言わない。相手が何かしてくれることを期待して、ただひたすら待ち続けているようなその態度が気に食わなかった。自分で何もしようとしない様を見ていると苛々する。それをよしとする周りもどうかと思うけれど。そう、あの子からは他人への要求以外の意思が全く臭わない。そのこともなんだか私の中での夕凪を不気味なものだと印象付けていた。

    「私だって、生徒会の仕事あるんじゃ…」

 「あ、大丈夫。沙也のぶんも俺がやるから」

 「もうすぐ中間テストなんだけどなぁ」

 ジロっとにらむと、陵は申し訳なさそうに笑って

 「そんなこと言って、いつも成績いいじゃん」

 「まあね。でも、今度こそ会長に勝ちたいからさ」

「前回惜しかったんだっけ?」

「そう。あと5点差だった…どうしても理系科目で点差がつくんだよね」

 思い出すとだんだん腹が立ってくる。なんであんないい加減なやつがうちの生徒会長なんだろう。もし今生徒会選挙があったら、真っ先に立候補して叩き落としてやるのに。

 「ほんとすごいよ、二人とも」

 しみじみと言う陵の傍観者面が気にくわない。自分だって15位以内には必ず入っているくせに。

   「腹立つからやめて。ほんとむかつく」

 吐き出すように言い捨てると、私は片手を伸ばして陵から封筒を奪い取った。

 「しかたない、貸しだからね。今度マキノのアイス奢って」

   「ありがと、たすかる」

  陵は安心したように微笑んだ。情けない犬みたいな表情だ。陵のことを常々お人好しだと思っていたけれど、なんだかんだで私も結構人がいいのかもしれない。とにかく今日は、何かと厄介ごとを背負いこむ日みたいだった。

※※※

 

 

海のなか9へつづく。