小説・海のなか(8)
前話はこちら。
第五章 歪
その日のLHRでは、文化祭当日の役割分担を決めていた。私のクラスは喫茶店をやる予定だ。当日は調理班と給仕班にわかれてそれぞれにシフトを組むのだ。誰が決めたのか、女子生徒はフリルのついた可愛らしい服を着ることになってる。私なんかに似合うはずがない。正直勘弁して欲しかった。だからせめて裏方にまわって姿をみられないようにしよう、と決めていた。晒し者になるのは御免だ。
昔から、他人から何かを押し付けられることに耐えられなかった。誰かが押し付けた何かに満足することなど、できない。してしまえば私の中の何か大切なものが損なわれるような気がした。誰かの求めに応えようとはにかんで自分をたやすく変えてしまう様を思うと、なんだか惨めで滑稽に感じてしまう。
そもそも、近づいてきた文化祭というイベントに浮き足立ったクラスの雰囲気も私の心には沿わなかった。しかもその上今年は生徒会の仕事まである。内申点のために入ったものの、教師たちの手足となって働くのはあまり気分がいいとは言えない。何もなければこんな気分になることもないのに。ぼんやりとした憂鬱が心の底にひっそりと積もっていく。いっそ正と負どちらかに振り切れてしまえば、少しはマシなのかもしれない。そんな風にどうしようもないことを考えながら、窓の外ばかりを眺めていた。生徒会に入ったのが間違いだったのかな、なんて。
「ねぇっ、ねぇっ!サヤ、サーヤってば!」
前の席からひそひそとはしゃいだ声が聞こえた。見ると前の席から愛花がこちらを振り向いていた。
「ん?なに」
直前まで考えていた内容が内容だけに、少しキツい声になってしまう。しまったと思ってももう遅い。けれど愛花はまったく気にもしていないようだった。
「あのさ、沙也もいっしょにウェイトレスやろーよ」
「やだよ。私調理にする。大体愛花は他にも友達いるでしょ。その子ら誘いなよ。私には向いてないって。あーゆーのは可愛い子がやるからいいんじゃん」
「なに言ってんの、サヤも可愛い子じゃん?」
「はあっ?!」
臆面もない言葉に思わず大きな声が出る。愛花は時々こういうことを言う。恥ずかしくないのか、この子は。声を潜めて早口に私は言った。
「とにかく、やらないってば。私には裏方があってんの」
「ふうん?そうかな」
愛花はなぜかニンマリとしてあっさり前に向き直った。なんだか嫌な予感がする。
「じゃあ、ウェイトレスやりたい人手ぇあげて。大体12人くらいね」
教壇に立ったクラス委員の牧丘が言った。するとスッと一本手が上がる。ーーー愛花だ。
「はいはい!あたしとサヤ、やりたい」
「はあ?!」とまた声が出そうになって慌てて飲み込む。さっきの相談は一体なんだったんだ。
「ちょっと、愛花…!?」
問いただそうとしたけれどその声は他の子が次々と立候補する声にかき消されてしまった。思わず絶句していると、愛花が振り返ってまたニヤリとする。
こいつ、わざとだ。絶対わざとだ。
悟ると同時にため息が口をついて出た。知り合ってまだ一年足らずだけれど愛花のこういうところには本当にかなわないな、と思う。けれど不思議と私はそんな愛花の強引さが嫌じゃなかった。彼女に振り回されることをどこか楽しんでいる自分がいる。
そうしてとんとん拍子に話し合いは進み、結局私たちはそのまま二人ともウェイトレス役をやることになったのだった。
※※※
LHRが終わるなり、手を合わせて愛花が言った。
「ごっめーん、ゆるして?」
「…それ、謝ってないから」
「ごめんって!でも、絶対楽しいと思うよ?保証するっ!」
そう言って愛花はまたにっこり笑って見せる。長い睫毛に縁取られた大きな目で上目遣いに見られると、女の私でもちょっとどきっとしてしまう。こういう表情をすると本当にかわいい。自分の使い方がよくわかっている。女子ってこういう子のことを言うんだとつくづく思う。さぞ生きやすかろう。
「はぁ…まったくどこから来るんだかその自信。もういい、やるよ、やります。そのかわり似合わなくってもなんも言うなよ」
「あっ!そこは任せて!全力で似合わせてみせる。メイクさせてよ。めちゃくちゃ可愛くするからさ」
愛花の声にはやたらと力が籠もっていた。さては誰かにメイクしたかっただけだな、これは。愛花のおしゃれ好きは誰もが知るところだった。
「もう好きにしてくれ…」
うんうんと頷くたびに跳ねる愛花のポニーテールの穂先を目で追いつつそうぼやいた時、声がした。
「沙也!ちょっと」
見ると陵が教室の入り口で手招きしている。
「あれ?めずらし。尾崎くんだ」
愛花の言葉通り、幼なじみの陵は滅多に他クラスにやってこない。昔からそうだった。なんでも結構そつなくこなすくせに、引っ込み思案で人付き合いだけは下手くそ。そういうところが傍にいるともどかしくて時々かんにさわる。別に悪い奴じゃないんだけど。
忘れ物でもしたんだろうか。席を立って陵の方へ近づいていくと、その手に封筒が握られているのが見える。その時点でなんとなく、もう用事が何なのか察しがついたけれど一応尋ねる。
「陵、どうしたの?」
「うん、あのさ…」
しばらく言い淀んでから、陵はおずおずと片手に持っていた封筒を差し出した。ひょろっとした長身を精一杯縮こまらせているのがいかにもおかしい。
「なに、これ」
「連絡物。これ夕凪のとこに届けてくれないか。今日休んでて」
「はあ?なんで私が。陵がやりなよ」
「俺もそうしようと思ってたんだけどさ、さっき佐々木から仕事振られちゃって」
「ああ…会長か」
私は顔をしかめた。生徒会長をつとめる佐々木いろいろと適当なくせに要領だけはいい奴だった。そういう抜身な性格が災いしてしばしば生徒会の仕事もさぼる。そのしわ寄せが副会長である陵に来るのは日常茶飯事だった。どうやらそのツケが今回は書紀である私にもまわってきたようだ。まったく迷惑にも程がある。私は深くため息をついた。
「夕凪、最近学校休んでばっかでさ。たのむよ、な、沙也」
陵は苦い顔でもう一度言った。本当は自分で行きたいに違いない。献身的だな、とうんざりした。大体、夕凪と別のクラスである私に話が回ってくる事自体ちょっと不自然だった。まあ事の経緯は想像に難くない。他クラスの生徒にたのむ必要がある程には夕凪の交友関係が乏しいというだけのことなのだろう。陵は子供の頃から何かにつけて夕凪の世話を焼うとする。今回もその一環なのだ。高校生になった今でもそんなことをしているのはちょっと驚きだけど。
正直、もう一人の幼なじみのことを思うと気が重かった。別に夕凪と私は特別仲がいいわけじゃない。それどころかここ数年ろくに話してすらいない。この間海に行った時だって二人きりで会話する機会はほぼ無かった。ただ旧知の間柄だというだけだ。そんなものだろう、幼なじみなんて。
それに、実のところ私は夕凪が苦手だった。いつも俯いて何も言わない。相手が何かしてくれることを期待して、ただひたすら待ち続けているようなその態度が気に食わなかった。自分で何もしようとしない様を見ていると苛々する。それをよしとする周りもどうかと思うけれど。そう、あの子からは他人への要求以外の意思が全く臭わない。そのこともなんだか私の中での夕凪を不気味なものだと印象付けていた。
「私だって、生徒会の仕事あるんじゃ…」
「あ、大丈夫。沙也のぶんも俺がやるから」
「もうすぐ中間テストなんだけどなぁ」
ジロっとにらむと、陵は申し訳なさそうに笑って
「そんなこと言って、いつも成績いいじゃん」
「まあね。でも、今度こそ会長に勝ちたいからさ」
「前回惜しかったんだっけ?」
「そう。あと5点差だった…どうしても理系科目で点差がつくんだよね」
思い出すとだんだん腹が立ってくる。なんであんないい加減なやつがうちの生徒会長なんだろう。もし今生徒会選挙があったら、真っ先に立候補して叩き落としてやるのに。
「ほんとすごいよ、二人とも」
しみじみと言う陵の傍観者面が気にくわない。自分だって15位以内には必ず入っているくせに。
「腹立つからやめて。ほんとむかつく」
吐き出すように言い捨てると、私は片手を伸ばして陵から封筒を奪い取った。
「しかたない、貸しだからね。今度マキノのアイス奢って」
「ありがと、たすかる」
陵は安心したように微笑んだ。情けない犬みたいな表情だ。陵のことを常々お人好しだと思っていたけれど、なんだかんだで私も結構人がいいのかもしれない。とにかく今日は、何かと厄介ごとを背負いこむ日みたいだった。
※※※
海のなか9へつづく。
次話はこちら。
小説・海のなか まとめ1
どうも。
クロミミです。
今回は、先日また最新話を公開しました自作連載小説「海のなか」のまとめなどを少々していきたいと思います。よろしければお付き合いください。
いつも読んでくださっている方々、ありがとうございます。スターがつくたびウキウキして眺めています。今回は、わたしの更新がめっさ遅いせいで今までの展開忘れたでござる!という方のためにあらすじなどを書いてみたいと思います。
また、これを読んで興味を持たれた方は、ぜひ読んでみてくださいね。よろしくお願いします。
まずは、人物の関係性から。現段階で明らかにできるもののみ記載しています。
汚い字で失礼します。
以下、各話あらすじ。
海のなか(1)
高校2年の夏休み。友人と海に出かけた夕凪はビーチバレーをしている最中に溺れてしまう。海の中で夕凪は謎めいた美しい少年、「青」と出会う。どうやら青は夕凪のことを昔から知っているよう。彼は、夕凪のことを永い間待っていた、と告げる。
海のなか(2)
無事陸へと帰還した夕凪は青の存在に心とらわれる。大嵐の日、夕凪はついに学校を抜け出し海へ。そんな夕凪の行動を目撃した幼なじみの陵は、彼女の後を追う。
海のなか(3)
沙也の友人、愛花は晩夏のある夜に陵からのメールを受け取る。その内容は愛花に思い出したくない記憶を想起させるものだった。
海のなか(4)(5)
夕凪は再び海へと向かう電車に揺られていた。青にもう一度会うために。海辺に降り立った夕凪は波にさらわれついに青との再会を果たす。
海のなか(6)
休日、いつも通り図書館へと出かけた陵。
そこで彼はある一冊の本と出会う。
海のなか(7)
夜の海中にて。「私」は美しく妖しい女と密談する。二人の関係性とは。
あらすじを見ていただいてもわかるのですが、この作品は序盤がほぼオムニバスのような形式で進行しています。現在は伏線をばら撒きまくっている状態です。果たして回収できるのかはわたしの腕次第ですがw
こちらに記載したものはあくまで簡易なあらすじなので、ぜひ実際に読んでみて下さい。
全体の進行でいうと、もうすぐ起承転結の起が終わると言ったところ。まだまだ序盤ですね。
…はあ。文章の色気ってどうやったら出るんやろな、なんて思いながら小説書いてます。最近。
うまく描けねぇな、まったく。
ちなみに、はてなブログでは目次を作ることが難しいのでカテゴリー分けの機能を使ってお目当の話が見つけやすいようにしています。
現在は「小説ごと」、「各章ごと」で分けています。
海のなか→海のなかの全話リストへ
小説→短編・長編を含めた小説全てのリストへ。
第四章 ダイアローグ→第四章にあたる内容が全て表示される。
みたいな感じです。
海のなか(1)などのの区分け=一章ではありませんのであしからず。
それでは、これからも読んでくださると嬉しいです。現在、海のなか(8)も手直し中。次は沙也視点になる予定です。お楽しみに。
「海のなか」の全話はこちら。
小説・海のなか(7)
前話はこちら。
第4章 ダイアローグ
「それにしても、随分とありふれた娘を選んだものだ」
妖艶な女は興醒めたようにぽつりとこぼした。低く澄んだ声が虚空に広がっていった。私は女の横顔に目をやりつつその美しさにぞっとした。秀でた額が滑らかな曲線を描いている。そうしてそこから続く鼻梁から顎にかけてのラインには無駄なく削ぎ落とされた鋭利な美が宿っていた。黒くうねりのある長い髪が額縁のように憂いのある表情を彩り、見るものを引き込むような華を添えていた。
ただ、女には傷があった。陶器のような頬を裂け目が縦に大きく切り裂いている。生々しい傷跡だった。しかし、それすらも女の美貌を損なうものではなかった。傷の生々しさが、その不完全さが奇妙になまめかしく一層妖しい魅力を高めているように見えた。まさに絶世の美しさだ。そして生きているものの持ちうる美しさではなかった。初めて目にした時もそうだった。と私は懐古した。女は恐ろしいほど変わらない。血の気のない素肌が夜の海の中で青白く光っている。女の姿は見れば見るほど自分と重なる。もう数えきれないほどの嫌悪を呑み下して私はようやく口を開いた。
「普通だからいいのさ。普通だから他人から離れられない。普通だから他人を愛してしまう。それが家族でなくても。そうでなければ人質を取る意味がない」
かわいた声をたてて女は嘲笑う。
「自分のことを言っているのか?それは」
「…そうかもしれない。私もつまらないやつだった。今のあの娘のように」
「ふふん。今は違うとでも言いたげじゃないか」
女の赤い唇の端がつり上がり、グロテスクな笑みを形作った。
私をいたぶる時、いつでも心底愉しそうに女は振る舞う。彼女にとってこの世は退屈に満ちているのだろう。すべては自分が消え失せるまでの暇潰しに過ぎないとその目が物語っていた。隠す気がないのだ。むしろこちらのそれを悟って苛立つ様がまた女を興じさせていることに嫌気が差していた。
「今となってはささいなことさ。もうこの姿で永い間いるのだから」
私がそう返すと、つまらなそうにこちらを軽く睨みつけてから女は低く告げる。
「…しくじりは許されぬ。あの方がお待ちかねだ」
「わかっている」
「ふん…小僧が生意気な口をきくものだ」
そのまましばらくの間睨み合いながら、それでも女は笑みを崩さない。すべては余興に過ぎず、すべてはどうでもいい。恐ろしいほどの無関心がその底には横たわっている。
不意のことだった。女の手が気配もなくこちらへと伸びてきた。本能的な恐怖に囚われ身動きが取れなくなる。指の先まで痺れ、震えることすら許されずに支配される。ここにきた時からそうだった。
気がつくと女の片手が顎に添えられ、無理矢理に上を向かされていた。目の前には長い髪が広がり、視界の端まで黒々と埋め尽くしていた。女の表情は影になって読めない。その姿は覆いかぶさるように大きく見えた。
ーーああ。顔のない怪物に喰われる。
「お前の意味をゆめゆめ忘れるな」
「我(わたし)とお前は異なった名だが、存在は同一なのだ。お前がどうあがこうとも」
「……」
わかっている、と言おうとして声が出なかった。やはりまだ恐怖しているのだ。ーーーこの関係は覆らないと深く刻み込もうとしている。女の思惑はわかっているのに逆らえない。私は手の上で踊らされるしかない。このままだ。消え去るまで、このまま。
「大丈夫だ。彼女の欲は強い。きっと私や貴女よりずっと」
抉るような女の視線が降ってくる。女のこの執着は一体どこからくるのだろう。いつも胸にある疑問がまた浮かび上がってくるが、やはり口には出来なかった。知りたいとは思わない。知らない方が、いい。
「今度こそ、望みは叶えられるだろう」
念を押すように続けたが、沈黙は続いた。耳鳴りとともに恐れは増幅するような気がした。
「どうせ、私たちには何もできない。そうだろう。決めるのはあの娘。ただそれを眺めるだけだ。貴女も、私も」
すると、女は声を上げて笑い出した。堪えきれないとでも言うように。落ち窪んだ瞳が見開かれ狂気の熱を帯びる。
「それは違うな。眺め記すのは我(わたし)。お前があの娘を導くのだ。…言っただろう。しくじりは許さないと。ただ優しく手を引いてやれ。そうすればあれは堕ちる」
女は貪るように哄笑した。笑みとともに顔の傷が歪んでもう一つの口のように見えた。
そうだ。私は所有物に過ぎない。
何一つできることなど、ない。
「ああ……了解した」
ひどく息苦しいこの場所から逃れる方法を、私は一つしか知らなかった。
第四章おわり。
(小説・海のなか8 へつづく。)
次話はこちら。
ジッタスクワットって知ってるか。
お久しぶりです。クロミミです。
皆様はジッタスクワットという彫金作家さんをご存知でしょうか。
実は最近クロミミはクリーマなるハンドメイドアプリを始めたんでござるが。そこで出会ってしまった最高な作家さんについてちょっと語りたい。
上から、ジッタスクワットの「道草」というイヤリング。
その下は同じくジッタスクワットの「ノスタルジア」というバングル。
どちらも最近購入したもの。
実はわたしもともと真鍮のアクセサリーが大好きで。なんで大好きかといえば岡山の彫金作家、内山直人の作品の大ファンだからなんである。
彫金の槌の跡とか大好きなんだよな。何時間でも眺めてられるぜ。
てゆーか、作家もののアクセ自体昔っから大好きなんだけどね。オカベマキコ作品を中学生の頃買ってもらったのが一番最初だったなあ。オカベマキコはガラス作家さんよ。
ジッタスクワットは内山直人以来のヒットな予感。(また内山直人作品についても語らせてくれ)
ジッタスクワットの作品はエキゾチックで無骨な感じがカッコいい内山直人作品とは打って変わって繊細さと遊び心が魅力的。素材同士が触れ合う音も楽しめる作品づくりをされる方なんである。
例えばバングルなんかは金属の筒や粒々がしゅるるーんと移動するのがなんともかわゆい。
使えば使うほど愛でてしまう。
同じ素材でもこんなに違うんだなって。新たな発見でした。
こないだ給料日だったのに、もう次の給料日が待ち遠しい←
しばらくはジッタスクワットの作品をちまちま収集することになりそうです。
皆さんはお気に入りの作家さんとかいますか?
好き嫌いと尊敬できるかは別。
今だから言えることを言いたいと思う。
実はある上司がこの上なく嫌いだった。
なぜなら彼は善いひとだったからだ。
私は善人が嫌いだ。善良であることを尊び、すべての人が和を重んじると心から信じている人間が大嫌いだ。
なぜなら、私はなぜか常に善人から排除される対象であり、そして善良であることに私自身は少しの価値も見出せないからだ。
ある上司はまさにそんな人間だった。
出会った瞬間、分かった。
ああ、こいつのことが嫌いだ、と。
事実その通りだった。私の直感が外れることは少ない。昔からそうだ。あの人のすることなすこと全てが癇に障り、目障りに感じる。
きっと上司にとっての私もそうだったことだろう。彼は善人として異物である私を少なからず排除したい欲求にかられることがあったはずだ。まあ、でも真相は定かではない。何せ私は彼の行動原理は理解できても、彼の思想や感じ方はきっと一生理解できない。
ここまで延々とある上司が嫌いだということについてひたすら書いてきたわけだが、ここでひとつ不思議なことがある。
私はある上司のことを嫌悪しているが、同時に上司として人として尊敬している。
この二つは矛盾しているように思われるだろうか。実はこういう状態は私にとって初めてではない。
私の中では「嫌悪」と「尊敬」が矛盾なく成立しているのだ。
彼は善良であるだけではなく、人格者であったので私を理解しようと努力しているようだった。
そして無理に理解することを諦め、その上でわたしと向き合う術を模索しているように思えた。
一度理解しようとしたものを諦め、その上で対象を切り捨てないというのはなかなかできるものではないと思う。
この事実に気がついたとき、心から
ああ尊敬できる人だな、と思った。
人として素晴らしい部分のある人なのだと。
ひねくれたわたしですらこう思うのだから、彼はやはり上司として優れていたということなのだろう。
ただ、一つ言っておきたいのは、私にとって最後まで彼は変わらず最大の嫌悪の対象であり続けたということだ。こういう心情を体験するたび不思議な気がしてならない。
こんな風におおっぴらに上司を部下が評価するなど、本来傲慢にも程があると思う。
不快になった人がいたらすみません。
皆さんは、嫌悪と尊敬が同時に成り立つ状態を経験したことがあるだろうか。